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スペシャル対談(後編) グローバル時代の日本語を考える 思考力を鍛えることから始まるイノベーション 広島大学長 医学博士 越智光夫さん 公益財団法人 日本漢字能力検定協会 代表理事 会長 髙坂節三

 対談の前半で、「グローバル人材の育成を強力に進める上で、専門性とともに教養が不可欠」との考えで意気投合した、広島大学の越智学長と日本漢字能力検定協会代表理事の髙坂会長。後半では、大学の重要な役割である研究において、世界をリードするイノベーションを起こすには何が必要か、お二人の体験を交えてお話しいただきました。

  • 越智光夫(おち みつお)さん 1952年8月6日生まれ。愛媛県出身。広島大学長 医学博士。専門は膝関節外科、再生医学、スポーツ医学、末梢神経外科。広島大学医学部卒業後、整形外科に入局。1983年からヨーロッパ留学。1995年に島根医科大学教授に就任、2002年に広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授に就任。三次元自家培養軟骨移植を開発し、2013年に再生医療では初めての保険適用となった。広島カープやサンフレッチェ広島の選手の治療やけが予防にも尽力。「日本学術会議会長賞」文部科学大臣表彰「科学技術賞」「厚生労働大臣賞」「中国文化賞」などを受賞。2015年、「紫綬褒章」を受章した。著書に『最新整形外科学大系』(中山書店/共同編集)、『カラーアトラス膝・足の外科』(中外医学社/編集)など。
  • 髙坂節三(こうさか せつぞう)さん 1936年7月2日生まれ。公益財団法人 日本漢字能力検定協会 代表理事 会長。京都大学経済学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。アメリカ会社執行副社長、中南米総支配人を歴任した。1995年に栗田工業株式会社代表取締役専務に就任。2009年に財団法人日本漢字能力検定協会理事となり、2015年に現協会の代表理事 会長に就任した。東京都教育委員、拓殖大学客員教授、独立行政法人大学評価・学位授与機構運営委員などを歴任。現在、公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター理事、公益社団法人経済同友会委員。主な著書に『教育委員になって知ったこと、考えたこと』(小学館スクウェア)、『経済人からみた日本国憲法』(PHP新書)など。

教養を磨くために必要なものは「好奇心」

髙坂 教養教育は、教育改革において重視される「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協調性」の育成にも関わってくると思いますが、教養を磨くために何をすればいいのか、生徒や学生たちには少し理解が難しい気もします。

越智 教養をどうやって磨くのかというと、残念ながら一言では回答できません。私が言えるのは、さまざまな“もの”や“こと”に触れて思考力や表現力を高めることが大事ではないかということです。例えば、知識を獲得する身近な方法に読書があります。長い歴史の中で生まれ、そして多くの人に評価されて現代まで残っている本に触れるのは、知識だけでなく、思考力や表現力を磨く上で非常に有効だと思います。たまたま出会った本に触発され、物理学、工学、経済学、法学、医学といった学問や研究へと進む人もいるかも知れません。

髙坂 「読書」を教養の窓口とするわけですね。ただ最初は何を読めばいいか悩む人もいるように思いますが。

越智 私の場合、きっかけは高校の先生でした。ちょっとユニークな先生で、授業とは別の機会に、中原中也の詩を読むように勧めてくださったんです。何篇か読んでいくうちに、中原中也と交友関係にあった小林秀雄や河上徹太郎の存在を知り、しだいに彼らの作品にも触れるようになってどんどん興味の幅が広がっていきました。眠っていた好奇心が目を覚ました感じです。一つの事柄を知れば、また次の何かを知りたくなる、作者や周辺の出来事についても深めたくなる。このように次々に湧き出してくる好奇心こそ、教養を磨くために最も重要なことではないでしょうか。私が学生時代に読んだ詩の数々は、自分で考える力も鍛えてくれた気がします。これは教養として、かけがえのない私の財産になっています。

イノベーションは知識と知識の結びつきから

髙坂 大学には教育とともに、研究という役割があります。学習や読書によって得た知識を、研究へと進めるためには何が必要でしょうか。

越智 さまざまな機会によって脳の中に蓄えられた知識は、他の知識と結びつけることで、新しいイノベーションを起こす可能性を秘めています。iPS細胞でノーベル生理学・医学賞を受賞された山中伸弥博士と、ジョン・ガードン博士をお招きし、学内で講演していただいたことがありましたが、彼らもiPS細胞やクローン技術をゼロから作り出したわけではありません。既存の知識と知識をどうつなげば新しいイノベーションが生まれるか、ずっと考え続けてきた結果が画期的な研究・開発に結びついたと言えます。

髙坂 考え続ける重要性はよくわかります。これまでの学校教育では結論を先に教える傾向がありましたが、それではイノベーションは起きにくいということですね。最近は答えを一つに絞らない指導方法が増えてきましたが、よい方向性だと思っています。考え続けるという意味では、私は学生時代、碁に熱中していました。碁を打ち始めると、常に考えていないと相手に負けてしまうんです。誰も教えてくれない。まだ新幹線が走っていない時代、京都から東京まで一つの詰め碁を考え続けている知人がいましたが、彼の行動や姿勢が大きな刺激になったのを覚えています。

越智 私は中学・高校の6年間を寮で過ごしましたが、寮仲間に数学の問題の解き方を2日もかけて考え続けている同級生がいました。当時は「効率が悪すぎるだろう」と思っていましたが、今思うと彼から考え続けることの大切さを教わった気がします。

髙坂 多様性を身につける上でも寮生活はよかったのでは?

越智 そうですね。自宅から通っている生徒に比べると、遥かに幅広い考え方や価値観に触れることができました。先にも述べたように、数学の新しい解き方をずっと考えている生徒もいれば、漢文を読み続けている生徒もいる。教科書を一度開いただけで記憶してしまう驚くべき頭脳の生徒もいました。多様性を理解した上で、自分はどうすればいいかを考える習慣が身についたことは大きな収穫です。

髙坂 生徒全員がそのような経験をできるわけではありませんが、好奇心を持っていろいろな“もの”や“こと”に触れることで、疑似体験はできる気がします。

越智 そう思います。先ほどの話と重複しますが、多くの事柄に好奇心を持って行動することで、多様性とともに思考力と表現力も身につきます。同時に、自分の考えを言葉にしたり、文章にしたりする訓練も必要ではないでしょうか。誰かに伝えようと努力すれば、おのずと感性や文章力も磨かれます。

さいごに −学校教育に期待すること−

髙坂 ここまでのお話で、「グローバル人材」には語学力だけでなく、相手の考えや価値観といった多様性を理解した上で、自分の考えを伝えるコミュニケーション力が重要だとわかりました。その力を身につけるためには思考の基本となる日本語の力、専門的な知識・技能、および幅広い教養が不可欠です。例えば読書は、これらを手に入れるための一つのヒントになるのではないかということでした。さらに新しいイノベーションを起こすには、知識と知識のネットワークを思考し続けることが重要とおっしゃいましたが、思考力を鍛える方法はあるのでしょうか?

越智 考え続けるしかないのではないでしょうか。効率のよいステップアップの方法はありません。自分が最初に考え出したと思ったことでも、誰かが先に考えているかも知れない。それでも考え続ける。表現力と同じで、日々の訓練が大切でしょうね。

髙坂 グローバル社会で活躍する人材輩出を考えた時、日本の学校教育に足りないものがあるとすれば何だと思われますか?

越智 プレゼンテーションとディスカッションでしょう。学会や国際会議を成功させる秘訣として「有能な議長とは、インド人を黙らせて、日本人をしゃべらせる者である」というジョークがあります。それほど日本人は積極性に欠けると、世界中の人々から思われているわけです。大学ではプレゼンテーションやグループディスカッション、ディベートなどを取り入れた授業がありますが、中学校・高校ではまだまだ少ない。意見を書いて提出させるのもいいですが、グローバル人材育成という観点で言うなら、フェイス・トゥ・フェイスで反応を確認しながら自分の意見を伝える機会をもっと増やしてもいいのではないかと思います。

髙坂 私も小学校や中学校から、自分で考え、意見を伝える訓練をしなければならないと考えています。思考力や表現力を養うベースとなる日本語を鍛え、いろいろな分野に興味を持たせる取り組みも必要でしょう。それが、グローバル時代に求められるイノベーションへの道ではないかと思います。今回は有意義なお話をありがとうございました。

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