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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

三井物産株式会社

槍田 松瑩(ウツダ ショウエイ) 氏

代表取締役社長 槍田 松瑩(ウツダ ショウエイ) 氏

1943年生まれ。1967年東京大学工学部精密機械工学科卒業後、三井物産株式会社に入社。ロンドン支店プラントプロジェクト部、日本ユニバック株式会社(現日本ユニシス)出向、秘書室等を経て、電機本部電気機械部長、取締役機械・情報総括部長、取締役情報産業本部長、代表取締役専務取締役兼専務執行役員CSO(業務部門長)。2002年より現職。

1.社会で求められる『好奇心』と『変化対応力』

 社会に出るまでに身につけてほしい力として、主に学校で学ぶ「読み・書き・計算」などの「基礎学力」と、主に家庭で身につける「礼節・責任感・規律性・配慮性」などが挙げられると思います。それらの他に、私は特に次の2つの素養を挙げたいと思います。

(1)『好奇心』
 「勉強は将来必ず役に立つ」という時の、「役に立つ」の意味を取り違えてはいけません。知識や技能というものは、損得ばかり考えていては身につくものではないと考えます。「これを知っておけば損はない」「これを身につければ得をする」といった動機で物事を学んでも、それはその人の本質的な力とは成り得ないでしょう。最近の若い人たちの中には、「いい学校に入るためには」「会社で出世するためには」等の損得勘定が学ぶ動機になっている人が、少なからずいるように感じます。「学びたい」と思う気持ちは、人間の根源的な欲求であるはずです。努力対効果を考えて勉強するのではなく、根源的な興味関心に根ざした『好奇心』を持って学習に臨むことが大切だと考えます。若い人の間では、お金を使わない、外出しないという人が増えていると聞きますが、是非好奇心を持っていろいろなことを学び、経験してもらいたいと思います。
 会社においても、「どうすれば得か(損をしないか)」といった功利的な思考の人には、大きなプロジェクトを任せていくことは出来ません。目前の損得に目を奪われてしまい、健全な判断を下すことが出来ないからです。逆に、言われたからやるというのではなく、社会や人間に対して尽きることの無い『好奇心』を持って行動する人材の方が、健全で適切な判断を下せると思いますし、大きな可能性を感じさせます。

(2)『変化対応力』
 社会や経済の状況、顧客のニーズなど、ビジネスを取り巻く環境は常に変化し続けています。社会人には、それらの変化を的確に捉え、柔軟に対応していく力が求められます。むしろ、積極的に環境の変化を求め、自らも変化し続けようとする人材こそが必要です。
 一人の人間が持てる経験や人脈には限界があり、それだけに頼っていると視野は狭くなりがちです。「昨日までと同じ仲間と同じ環境で、昨日までの人脈や知見が活用できる中でなら、安心して力を発揮できます」という人材には、『変化対応力』は期待できないでしょう。いかなる環境変化が訪れても、動ぜず熟考を重ねながら着々と対応していける人材こそが、創造的で大きな仕事を成し得ると考えます。

2.大切なのは子どもに「環境変化」を与えること

 私は子どもの頃、父親の仕事の事情で転校を繰り返しました。1~2年毎に次々と学校を移り、短い時は10ヵ月で転校を余儀なくされたこともありました。特に小学校時代に関西に転校した時は、言葉の違い、風土の違い、友達との付き合い方の違いに戸惑ったことを記憶しています。教室の掃除をしている時に「これをほかして(捨てて)おいて」と友達に言われ、意味が理解できずに右往左往したこともありました。
 その当時は親を恨んだりもしましたが、今にして思えば育ち盛りの頃、強制的に生活環境が変わり、その中で必死になって生きてきたことは非常に良い経験だったと思います。環境が変化すれば、興味関心を持って周囲を見回し、言葉を覚え、風土を理解し、人との付き合い方を考える必然性が生じます。結果として、私自身の『好奇心』や『変化対応力』を磨く上で、大きなプラスになりました。
 最近は、子どもの教育に配慮してか、父親の転勤に家族が同行せず、単身赴任する人が増えています。ですが、親の転勤は、見方を変えれば子供にとっては「環境変化」のまたとないチャンスでもあるのです。特に海外赴任は絶好の機会であると思います。環境変化の大切さは、社会人であっても変わりません。多くの会社で人事異動を定期的に行っているのは、異動によって違った環境に放り込むことによって、人脈と経験を広げ、『変化対応力』を磨くという側面もあるのです。

 日本は、世界諸国と比較すると人種や言語が限定された国です。ですから、「環境変化」が得られにくく、違う価値観や新しい価値観に出会う機会は少ない社会なのではないかと思います。言い換えれば、「純粋培養」的な安定した環境下で、『好奇心』や『変化対応力』を育む機会に乏しい社会と言えるのではないでしょうか。そうした社会だからこそ、親は敢えて子どもに「環境変化」を与え、未知の領域に挑戦させることが大切だと考えています。環境変化が少ないと、結果的に緊張感もなくなるし、生活の中で面白さを感じることも少なくなってしまいます。
 親は、往々にして子どもを「大事に育てよう」とする意識が働きすぎてしまうものです。ですが、そうした意識は子ども本人のためではなく、実は親である自分自身のためだったりもします。自分の子どもが苦労したり、周囲と摩擦を起こしたりする姿を見たくないという心理が働くのは、ある意味で親としては当然といえますが、「自分が安心したい」「自分が心配したくない」ために、必要以上に子どもを過保護にしてしまうのは、子ども本人にとって決して良いことではないと考えています。確かに海外で暮らすことは大きな不安がつきまとうでしょうが、逆境の中で生きてきたことは将来必ず役に立つので、むしろ海外で勉強するチャンスがあれば勧めてあげる方が良いと考えています。
 これは、企業でも同じことが言えると思います。自分のことがかわいい上司ほど、部下に対して厳しい要望や躾をしない傾向があります。一見優しくて良い上司に思えるのですが、実は「自分がストレスを感じたくない」「自分が嫌われたくない」と逃げているだけなのかもしれません。「かわいい子には旅をさせよ」「獅子は子を谷に落とす」と言われますが、大事にして同じ環境の中で育てるよりも、変化を与えてあげる方が良いのです。こうした厳しさこそが真の愛情であり優しさであることを、今一度、皆で思い返す必要があるのかもしれません。

3.「良い仕事」を行うために

槍田 松瑩(ウツダ ショウエイ) 氏 総合商社である当社は、世の中が目まぐるしく変化していくなかで、社会から何を期待されているのか、いったいどこが強みになるのかを考え、全方位に柔軟な対応を行うよう努めています。その礎となるのが「良い仕事」という価値観です。
 当社の前身である旧三井物産は1876年(明治9年)に誕生しました。以来130年超にわたり、当社は「挑戦と創造」「自由闊達」「人材主義」といった価値観や理念を掲げて、「良い仕事」の創出を目指してきました。ここで言う「良い仕事」とは、「世の中に評価され、自分が手応えを感じるような良い価値を生む仕事」のことです。戦後に設立された現在の三井物産でも、その価値観は「三井物産のDNA」として暗黙の内に受け継がれています。

 「まずは世の中の役に立つ『良い仕事』をしっかりと見極めてつくっていく、そうすれば利益はおのずと付いてくる」私もこのような信念を持っています。仕事を「金儲けの手段」と考え、利益の追求のみを目的にすることは、大きな間違いです。そして、大局的な視点に立って社会全体のことを考え、「世の中をこう変えていきたい」「みんなにこう喜んで欲しい」という思いを持つことが大切です。本当に大切なことは、いつの時代にも確かな志を胸に抱き、「良い仕事とは何か」を日々考え、自ら切り開き、未来に向かって積み上げていく姿勢だと思います。そういった思いこそが、「良い仕事」を生み出していくのです。そのために必要な要素が「基礎学力」であり、「礼節・責任感」であり、「変化対応力」、「好奇心」なのではないでしょうか。そして、自分の人生をどうすればより有意義にできるか考えている人であれば、やるべき仕事は何なのかが手応えを感じてわかるはずです。私は、そうした純粋な動機で仕事をする人たちが、もっともっと増えてほしいと切に願っています。

4.「勝ち負け」は仕事の価値判断基準にはならない

 社会人の中には、「社長や役員になりたい」「他人よりも早く管理職になりたい」という目標を持っている人もいると思います。私は当社の社員に対して、「出世のことばかり考えて仕事をしていると、かえって出世はできないものだよ」と諭すことがよくあります。立身出世を志すこと自体は、決して悪いことではありません。ですが、自分の利害得失ばかり考えていると、決して「良い仕事」はできません。「良い仕事」が行えなければ、会社にも社会にも貢献できないことになります。早く部長になろうなどと思って頑張っても結局はむなしいだけです。それよりも充実した時間をすごそうとすべきで、その方が「良い仕事」につながります。
 「良い仕事」の判断基準は「勝ち負け」ではありません。最近の若者には、進学や就職の際に勝ち抜き競争をしてきた感覚が抜けず、仕事の判断基準も「勝ち負け」と思ってしまう人がいるのも事実だと思います。当社に入社してくれる社員たちも、例外ではないでしょう。感謝すべきことに、当社の社員は、進学や就職において非常に高い倍率をくぐり抜けてきた優秀な社員が多いと自負しています。ですが一方で、競争に勝ち抜くことに価値があると勘違いしている社員も、皆無ではないのではないかと危惧しています。勝ち抜き競争は、あくまで何かを成し遂げる上での、ひとつの結果に過ぎないことを忘れてはいけません。こうした考えから当社では、業績評価制度や人事評価制度を見直して、「良い仕事」に向けた意識改革の浸透を図っています。

5.原理原則は早い時期に注入すべし

 大局観や社会観を持って、社会に「善い」こと、会社に「良い」こと、自分達にも「好い」ことを総合的に思考できる人材は、大きな社会貢献をなし得る逸材と言えるのではないでしょうか。そして、大局観や社会観を鍛えるには、親や教師が「人は一人で自分の思うままに生きているのではなく、お互いに助け合いながら、配慮しあいながら生きている」という人間社会の原理原則を、様々な場面で子どもに教え続けることが第一歩だと思います。そして、これはなるべく早いタイミングから行うべきだと考えます。
 社会人としての価値観も組織に入ってから形成されるので、会社は大きな責任を負っていると言えます。当社においても、20代のうちに「物産マン・物産ウーマン」としての原理原則の注入を図っています。「人の三井」と言われるように多様な人材を大切にする一方で、若いうちに三井物産の価値観を鋳型にはめるようにたたきこむことも大事だと考えています。新人が配属された部署の上司が、マンツーマンリーダーとして仕事の仕方から社会人の心構えまで教えますが、新人はどっぷり影響を受けるのでマンツーマンリーダーの選び方を間違えると大変なことになります。また、当社では独身寮を復活し新人は原則独身寮に入ってもらうことにしましたが、これも共通の価値観を醸成してもらいたいからです。この時期に注入された価値観は決して忘れることなく、体の一部のように染み込み、定着します。それこそが、その後の「物産マン・物産ウーマン」としての人生における礎となるのです。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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