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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

富士フイルムホールディングス株式会社

古森 重隆 氏

代表取締役社長CEO 古森 重隆 氏

1939年生まれ。1963年東京大学経済学部卒業、同年富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)入社。取締役 営業第二本部長、常務取締役富士フイルムヨーロッパ社長、常務取締役経営企画室長などを経て、2000年6月より代表取締役社長。2006年10月より持株会社制への移行と同時に現職。富士フイルム株式会社 代表取締役社長CEOも兼務。社外関係では、日本放送協会 経営委員長、社団法人日本経済団体連合会 常任理事なども務める。2004年藍綬褒章、2006年ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字章を受賞。

1.国際ビジネスの場面で感じた日本人の強さと弱さ

 今の若者や学生に期待したいことをお伝えするために、私がドイツにある当社のヨーロッパ本社の社長だった頃に感じた日本人の強みと弱みについてまずお話しましょう。

 「責任感の強さ」「礼儀正しさ」「努力しようとする姿勢」「継続力(スタミナ)」などは、日本人が強い部分です。特に、ビジネス遂行上のスタミナという面では、外国人も短期的な瞬発力はありますが、数ヶ月、また何年もの間、様々なプレッシャーに耐えつつ、高い目標を掲げて一つの仕事に没頭できるのは日本人ならではの特性といえます。また、「大義」に対する素直な献身という面も非常に優れています。「世の中のためになる仕事だ」「これは意義があることだ」とひとたび感じると、我欲を捨てて全力をあげて取り組みます。社会や組織のチームワークを大事にする気風も、日本人が世界に誇れる強みであり、美徳だと思います。

 一方で、日本人は自分の意見をしっかりと主張することが弱いと感じます。ビジネスの世界ではそれぞれの立場でお互いが主張します。主張しないのは、自分の意見がないか、考えを組み立てる力がないか、話す力がないか、或いは勇気がないと見なされます。西洋人の目には「大人ではない」と映り、一人前と認められないのです。
 ビジネスの場面で、現地のヨーロッパ人が一方的にしゃべり、日本人社員がうなずいて聞いているという光景をよく見ました。私はそういう時、「相手が10分しゃべったら、お前も10分しゃべれ」と、よく発破をかけたものです。自分の論理・根拠をしっかり持って、自分の考えを堂々と主張する姿勢が大切です。日本人は話もせずにわかってほしいと思うようなところがありますが、お互いに議論を戦わせた結果、初めてお互いが納得できる落としどころが見えてきます。外交もビジネスも、お互いの立場を理解しつつも、自分の主張をはっきり伝えていくといった大人同士の付き合いがベースにある洗練された闘いなのです。

2.きちんと「教える」「鍛える」という原点の大切さ

 新聞報道等を見ると、最近は「体力・気力」「基礎学力」など、日本の若者の基礎力そのものが低下してきているようです。確かに、野性的・根源的な力が落ちてきているのかもしれません。天然資源が豊富ではない日本が輝き続けるには、人材立国・科学技術立国であり続けなければなりません。考える力、生きる力、戦う力や気概といったものが低下していってしまったら、これからの日本はどうなってしまうのでしょうか。今の日本は、大変危機的な状況にあるといえるかもしれません。

 しかし、決して悲観的になってはいけません。「あれが駄目だ」「これができていない」といった自己批判は成長するための大切な精神ではありますが、これが行き過ぎて世の中にネガティブ(否定的)でペシミスティック(悲観的)な考え方や情報が氾濫してしまうとどうなるか。抵抗力のない若い人たちは、先入観でそれを受け入れてしまい、可能性の芽をつんでしまうことになりかねません。現状を正しく認識した上で戦略的に物事を考え、社会全体でポジティブ(肯定的)なスタンスで議論を深めていかなければならないでしょう。

 目を転じれば、きちんとした教育を受けた若者、鍛え上げられた若者は、すばらしい力を発揮しています。スポーツの分野では、野球でもサッカーでもゴルフでも、世界に通用するレベルまで自分を高めている若者が大勢います。前述したように、日本人は世界に誇れる非常に優れた特性・DNAをもっています。ゆえに、「教育」が大切なのです。現在の日本の教育では、しっかり「教える」「鍛える」ということが十分にできていないように感じます。
 例えば、家庭の教育でも、親が子供の目をしっかり見て「こうだよ」と教えれば、子供は真っ直ぐに育ち、決して曲がらないはずです。企業も同じで、上司がしっかり指導すれば、それだけ部下は伸びるのです。そうならないとすれば、親が子供をきちんと掌握する力、上司が部下をきちんと掌握する力が落ちていると言わざるを得ません。日本人の優れたDNAは脈々と受け継がれています。家庭が、学校が、企業が、そして社会全体が、それを発揮するために、しっかり「教える」「鍛える」ということの意味をもう一度問い直す必要があると強く感じています。

3.「人間力」を磨き、高めていくために

古森 重隆 氏 仕事の成果は、その人の「人間力」の総和が反映された結果です。私は、「五体」ということをよく言います。「目」「耳」「鼻」「肌」、すべての感覚を総動員して情報の本質を掴む必要があります。その情報をもとに、「頭」で戦略・戦術を考えます。併せて、相手を思いやる、共感する「ハート」がなければ物事はうまく進まないでしょうし、自分の意見をきちんと伝える「口」、即ちコミュニケーション能力も非常に大切です。更に、度胸やガッツといった「腹」や、現地現物主義の行動力という「足腰」も必要不可欠です。そして、最後は強引にやりぬく「腕力」も必要になります。

 人生の様々な経験を通じて様々な勉強をし、実践し、成功や失敗を繰り返して何かを学び、それを次の経験に役立てていく。まさに「人間力」の総和が高まっていくプロセスです。一つの成長が次の成長に繋がるというポジティブなスパイラルに入ることで、人間はどんどん成長していきます。

 「人間力」を高めていくための土台を作るために最も有効な方法として、私は自分自身の経験から、「読書」をお奨めします。本を読んで、いろいろな知識が増える、考え方のヒントをもらう、自分で考え始める、文脈を読む、刺激を受ける、想像をめぐらせる、時に発想を飛躍させる、こんないい学習はありません。子供に「漢字を覚えなさい」といってもなかなか覚えないかもしれませんが、本を読む楽しさを教えれば自然と漢字も覚えるはずですし、同時に読解力も鍛えられるでしょう。昨今、学力の低下が叫ばれていますが、その根底には読解力の不足があると感じます。まずは国語の力です。

 仕事の成果と国語力には相関関係があると感じています。構想するにも概念化するにも戦略を練るにも、日本人であれば日本語で思考し対話し討論します。言葉の力が強いということは、思考力も強いのです。言葉の力が即ち思考力であり、国語の力が仕事の成果と直結するのは当然の話だと思います。

 私が企業人として戦い抜いて来られた原動力は何かと聞かれたら、「強い体力・気力・知力」そして「前向きに考える気持ち」と答えるでしょう。これらは大きなファクターです。何をするにも体力・気力・知力がなければ始まりませんし、継続もできません。私は大学時代アメリカンフットボール部に所属しており、そこで鍛えられました。その苦しさというのは、半端なものではありませんでした。そのような苦しい経験を経てから世の中に出ると、どんなことがあっても「なんてことない」という気持ちになります。決してへこたれないし、何事も前向きに考えることができるのです。
 同時に、「読書」から得た財産も、それらに勝るとも劣らないと思っています。私は小学校低学年の頃、子供用の百科事典を隅々まで読み、さらに貸本屋さんで講談本を借りてくるなど、とにかくたくさんの本を読みました。小学校高学年では新聞や父親の読んでいた雑誌などをよく読みました。高校に入ると、図書館にあった文学全集を全て読破したことも記憶しています。更に大学では哲学書を読み漁り、その読書体験を通じて、論理を練り上げていく力、構想力、などの多くを学びました。唯一絶対の正解などなく、様々な要因が複雑に絡み合う環境下において決断を下し、意思決定していくことがリーダーの重要な役割です。人や社会に対する深い洞察に基づいてとことん考え抜き、大義を見据えて判断するのです。そうした時に必要になる大局観や徹底的に考え抜く力は、「読書」を通じて身につけた部分も大きいと感じています。

4.国も企業も まずは「人づくり」から

 当社は、現在を「第二の創業期」と位置付け、積極的な施策展開による大胆な事業構造の転換を進めています。ご存知のように現在はデジタル化が進み、写真フィルムの市場は縮小傾向にありますが、この数年間で写真関連事業の大規模な構造改革を断行し、同時に重点成長事業への集中的な経営資源の投下を進めた結果、2008年4月期は過去最高の売上・利益を達成しました。
 しかし、変化のスピードは早く、そして激しいものです。当社が21世紀を通して成長し続けるためには、そして「先進・独自の技術で、人々のクォリティオブライフの向上に寄与していく」という企業理念を具現化していくためには、絶えず新しい製品や価値を生み出し続ける開発力と企業文化をもった会社であり続けなければなりません。そして、そのためには「人づくり」が非常に重要になってきます。私は、社内に対して「富士フイルムはモノを作る前に、人を作る会社になる」と宣言しています。企業の隆盛は、それを支える人間によって決まります。経営論は、突き詰めれば人材に対する教育論とも言えるでしょう。

 国においてもこのことは同じです。前述したように日本人は優れたDNAを持っています。それを発揮するために、基礎基本を鍛えれば、必ずや伸びる国民なのです。社会全体が、若い人たちにポジティブな感情を注ぎ込み続ければ、自ずとポジティブで感情豊かな世代が育っていきます。国家の基本戦略として、もう一度原点に立ち返り、夢を持って「人づくり」に取り組んでいく必要があるでしょう。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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