1.作業療法学科教育における日本語文章スキルの重要性
作業療法とは、理学療法、言語療法とともに実施するリハビリテーションの一つです。日本作業療法士協会の作業療法の定義は、「作業療法は、人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療、指導、援助である。作業とは、対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。」となっています。つまり、患者・対象者が「こうなりたい」「このようなことをやりたい」ことを科学的な根拠に基づいて治療として用いながら進めるリハビリテーションです。そのため、その人の身体機能や疾病、障害だけに着目するのではなく、その人自身のあり方に着目しながら、治療をすすめていきます。
そのため、作業療法の守備範囲は非常に広くなっています。ICF(国際生活機能分類)では、人の「健康の構成要素に関する分類」を生活機能モデルとして表しています。そのなかで、人の生活機能は、心身機能・構造、活動、参加という生活機能と、その方の個人因子と環境因子で構成されています。作業療法では、これらすべてを評価の対象とし、個人因子を除く、すべての生活機能と環境因子に対して、アプローチを行っていきます。
つまり、作業療法をになう作業療法士は、対象者の心身機能・構造、活動、参加、環境因子を多角的にとらえ、対象者のニーズやご家族の希望を含めて、その人全体としてどのような治療を組み立てていくか、検討していきます。そのためには、治療に必要な情報を得ながら、対象者の全体像をとらえるとともに、そのかたの生活を変えるために最も重要なことを分析し、優先順位をつけながら治療をすすめていきます。この間に、作業療法士は、自分の思考プロセス(臨床思考過程といいます)を整理するとともに、ご家族や多職種連携としてリハビリテーションチームのメンバーとコミュニケーションをしっかり取りながら治療をすすめていきます。
対象者の治療には、作業療法士が論理的な思考を求められることは当然のことながら、多職種連携や法律上の義務としても、正確なカルテ記載やリハビリテーション実施計画書などの文書を作成することが必須になっています。そのため、作業療法士養成課程である大学在籍中から、論理的な思考とその文章の作成が求められ、日本語文章スキルは非常に重要となっています。
2.入学者の日本語文章スキルの現状
他の大学と同様に、本学作業療法学科の入学生は、ほとんど高校卒業したばかりの学生です。高校での国語教育、受験対策としての小論文作成のための勉強は多くの学生が経験しているものと思われます。しかしながら、作業療法士養成で求められる日本語文章スキルは、高校までの国語学修だけでは不十分なことが多いように感じています。記述式の試験を行うと、主語述語の関係が曖昧、ステップを踏んで自分の考えを述べていく論理性が不十分、漢字の誤用などが目立つ現状があります。「文章で説明せよ」という出題に対して箇条書きで解答してくる等、文章で自分の考えを表出することに困難さをかかえている学生が多く見受けられます。また、臨床実習中には、観察評価した結果と説明を受けた内容を整理して記録し、自分の実習遂行状況を記録・把握するための実習ノートを記載する必要があります。しかし、実習ノート記載時にも論理的な日本語文章の記載が難しいという課題が発生します。このことは、対象者を客観的かつ多角的にとらえ、総合的に問題解決の方策を検討するという臨床思考過程の学びにも影響を与えかねない状況です。そのため、最初の臨床実習がある、2年次後期までの間には論理的な文章を書くための日本語文章スキルの獲得が必要となってきます。
3.4年間の教育体系の中における日本語文章指導
上記の様に、入学時、多くの学生は論理的な文章を書くことは不十分な状態にあります。本来であれば、臨床実習開始前の2年次前期までに論理的な文章が十分に作成できるようになっていればいいのですが、なかなか難しい状況にあります。というのも、作業療法の専門教育の進行に伴って、求められる論理的な思考の深さが変化します。本学では、2年後期、3年後期、4年前後期と臨床実習があり、その学年及びその実習目標に応じた形で、臨床思考過程とそれとその背景にある論理的な日本語スキルが獲得されるように組み立てています。
そして、これらの導入として、1年前期の作業療法学概論で、「基礎から学べる! 文章力ステップ 文章検準2級対応」というワークブックをテキストとして指定し、課題としています。作業療法学概論という科目は、初年次教育の科目でもあり、作業療法の最初のステップを学ぶとともに医療従事者に求められる倫理観等も学ぶ科目です。このワークブックについて、学生からは「このような内容の課題をやったことがない」という感想もあり、論理的な日本語文章スキルの獲得を目的に、初年次教育の中に組み込むことは、意味が大きいと考えています。
4.作業療法士の将来と社会的ニーズ
マイケル・A・オズボーンらが2013年に702職種について検討した、「雇用の未来」では、AIが発展したとしてもなくならない職種として、作業療法士は第6位となっています。(*1)そのため、将来長期にわたって、社会的ニーズがある職種と言えます。作業療法に対するニーズが高いのは、対象者を全人的にとらえ、その人の大切な作業を軸に心身機能・構造、活動、参加、環境因子という生活機能の全体に働きかけることができるリハビリテーションであること、人の体と心を分けずにアプローチすることが、最も大きな理由だと考えています。
作業療法士が、対象者のニーズに答えていくとともに、社会からのニーズに答えていくためには、一人一人の対象者に対して、真摯に向き合い、多角的かつ深い臨床思考過程によって対象者の意味ある作業の実現を目指すことが、重要だと考えています。
(*1)https://oms-www.files.svdcdn.com/production/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。