私たちの大学は工科系の単科大学です。いわゆる文系・理系の別で言うと、理系にあたりますが、工学部の学生にとっても、数理科目だけではなく、国語、すなわち日本語を使いこなす力が社会に出るまでに身につけておくべき素養としてきわめて重要であることは言うまでもありません。大学生として卒業するまでに、教科書や論文を読む力、課題のレポート、そして卒業論文をまとめる力、が必要とされるのはもちろん、社会人になってからも、現場で「もの」を創り出していく過程で、論理的な思考を組み立て、整理し、他者に伝えながら、協働によるプロジェクトを形にしていくためには高い言語能力が必要とされます。こうした日本語の言語能力を学生の皆さんが在学中にどのように身につけられるか、を考える上で、我々の世代が育ってきた時代とは大きく異なる現代の生活を取り巻く環境についての考察も必要であると感じています。そうした社会の変化について、最近気になっていることをいくつか挙げてみます。

たとえば、読書について、一冊の本、特に長編と向き合い、その本の世界に没入する体験は、さまざまな文体に触れて言語感覚を磨く上でも、また著者の作り上げた世界観を自分自身の中で論理的に再構成する能力を鍛える上でも貴重なものであり、体力と集中力のある若い時期にこそできるだけ多くの本を読んでいただきたい、と言う思いが個人的にはあります。一方で最近、学内のイベントで高校生と対談する機会があり「本はどのくらい読みますか」と訊ねてみたところ、「まったく読まないです」と即答され、当人だけが、と言うより、その口調からは高校でも本を読まないことが当たり前な空気になっているのかな、とすこし寂しく感じることがありました。最近の新聞記事によると、統計的にもほとんど読書をしない(不読と呼ぶそうです)若者の数が年々増加しているとのことですし、「本を読めなくなった人たち」の著者の稲田豊史さんが「本を読むこと自体がラテン語の様に一部の特権階級のためだけのものになる」と仰っていることもあながち極論ではないとも感じられます。ここまで書いてみて我が身を振り返ると、自分自身、読みたいと思って今でもたくさんの本を買うのですが、その多くが読みきれずに積み上がっており、自分が若い時に今のネット環境があったらやはりほとんど本を読めなかっただろう、とも思います。これからの若者たちが、自然に本を読みたいと思うようになるためにはどうすれば良いだろうか、多くの本を読まずにしっかり書くことができるようになるだろうか、あるいは、たとえ本を読まなくても違う方法で論理的に考える力や文章力を身につけることはできるだろうか、などと考え続けています。

もうひとつは、やや語り尽くされている感もありますが昨今の話題として無視できない生成AIの影響について、数年前であれば「最近の学生は文章が上手になった」とナイーブに認識している方や、生成AIの積極的な学修への活用には懐疑的な教員もおられましたが、現在の状況としてはもはや、学生・生徒が利用していることを教員側が意識しながら教育システムを設計していかなければならない時期に来ています。私自身、技術的な相談や下調べでは頻繁に利用するようになりましたが、特に、知らないことを遠慮なく尋ねることができたり、何度訊き返しても嫌がらずに丁寧に答えてくれたりすることからは、使い方を誤らなければ学習支援のためのツールとして非常に有用だと感じています。一方、学修の現場では、課題に対して時間をかけて学生自身が調査し結果をまとめたレポートを提出させて評価する、というプロセスが破綻してしまいました。これまでと同様な課題の提示の仕方では、学生自身が何も考えないままに、生成AIで作成したレポートを提出してしまい、それを防ぐのは困難です。本学の教員にどの様に対応しているかを尋ねたところ、与えられた課題に対する答えを得るまでのプロセスについて、AIに投げたプロンプトとAIからの答え、も含め、最後に学生自身が考えをまとめるまでの全てを提出させている、と言う方もおられました。「全部に目を通すのは大変でしょう?」とお尋ねしたところ、提出されたものの要約にもやはり生成AIを使うそうです。

AI技術そのものが急速な発展を続けている中で、おそらく現在は過渡期にあり、将来的には、確立された学問体系については対話型の生成AIが個々の学生の理解度を測りながら教育することのできる時代が来る、という見立てもありますが、当面、学生が生成AIに依存してしまうことで、論理的な考えを自身の頭の中で構築したり、丁寧に推敲しながら文章を練り上げたりする能力の育成が阻害されることのないよう、学生自身の自覚と、教員側の工夫と努力が今まで以上に必要とされている様に思っています。

インターネット上のSNS・動画コンテンツの普及も含め、社会環境が変化し、教員の負担が大きくなる中で、表題に掲げた「工学部で必要な日本語文章能力の醸成」に向けて、大学として何ができるかを考え、その対応策の一つとして、本学では昨年(令和7年)度の後期より、公益財団法人 日本漢字能力検定協会の文章読解・作成能力検定、いわゆる文章検2級の合格者に対しての単位認定制度を導入しました。学外の試験を単位認定することの妥当性について学内で十分に議論を尽くした上で、文章検の2級は多くの企業でも管理職への昇進の条件として認定されており社会的にも信頼性の高い検定制度であること、対面の試験であり、生成AIの影響を排除した状態での学生の読解力と文章作成力の評価が、教員への負担を増やすことなく可能になること、を考慮した上での判断になります。もちろん、それだけで十分であるとは考えておりませんが、今後も日本語能力の重要性に対する認識を学内で共有し、読書の奨励と、演習・講義の中でも読解力・文章作成力を鍛えるための訓練を推進しつつ、同検定の活用も合わせていくことで、学生の皆さんの日本語能力向上を図っていきたいと考えています。

※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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