1. キャンパス紹介と背景

東京農業大学は、農学・生命科学・環境科学をはじめとする幅広い自然科学分野の教育・研究を展開する総合大学です。筆者が所属するキャンパス(自然科学系A学科)においても、食料・環境・生命を支える専門性の高い人材育成に取り組んでいます。

一方で、当学科における学生の状況を見ると、1990年代は落ち着いて推移していたものの、2000年代半ばから変化が見られるようになりました。大手予備校の偏差値データと照らし合わせたところ、入学者の基礎学力の変化に伴い、修学上の課題を抱える学生の割合が増加する傾向が浮き彫りとなったのです。こうした状況の背景には、単なる知識不足だけでなく、学生の「読解力」に関する課題が存在すると考えられます。高校生までの段階(PISA等)でも指摘されている通り、文章から情報を正確に読み取り、根拠を持って論理的に考える力には課題が見られます。また、一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長の新井紀子氏(2018)が指摘するように、学力を左右する最大の要因は読解力にあると言えます。

そこで私たちは、専門教育の定着や中退・原級予防の根本的な解決策として、専門教科の枠を超えた「国語教育(読解力支援)」を導入する実践を開始しました。なお、本稿における「読解力」とは、「文章を読んで、あるいは講義を聴講して、その内容を正しく理解する能力」と定義しています。

2. 学内での位置づけと対象者の選抜

本取り組みは、学内において主に以下の3つの役割を担っています。

導入当初(2023年まで)は「リーディングスキルテスト(RST)」を活用し、診断項目が基準値を下回った学生を選抜していました(当時の該当者は学科定員の約25%)。2024年以降は選抜方法を見直し、日本漢字能力検定協会の「文章読解・作成能力検定(文章検)」4級レベルのプレテストによって受講者を選抜する運用へと移行しています。

これらのテストで該当する学生は、将来的にGPAが2.0を下回り、学業不振に陥るリスクが高い層と重なります。なお、直近2年間では対象となる条件に該当する学生数が減少傾向にあり、選抜ツールの特性や入学生の資質変化など、多角的な分析を進めているところです。

3. 指導法(学習支援プログラムの実践)

指導のコンセプトとして意識したのは、山本五十六氏の「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かず」という名言に通じる経験学習モデルです。

授業実践では、選抜された学生を対象にリメディアル科目「文章表現」を開講しています。現在は基礎からステップアップを図るため「文章検」4〜3級レベルのワークブックを主教材とし、4月中旬から7月中旬にかけて対面での確認(問題点の報告、対話、そして承認)と教材自習を組み合わせて実施しています。大学生であっても、文章の構造を正しく捉える『土台(基礎力)』でつまずいているケースが多いため、あえてハードルを下げた教材から学び直すアプローチをとっています。

単に問題を解いて答え合わせをするだけではありません。本指導の最大の特徴は、「対話型の誤答分析」を通じたメタ認知力(自身の思考プロセスを客観視する力)の育成にあります。

対話型誤答分析のプロセスの流れ

[演習・自己採点]
   └─ 『論理トレーニング』や『文章力ステップ』等を実施
[思考の言語化]
   └─ 「なぜその誤答を選んだのか」「どこで論理が飛躍したか」を整理
[対話と承認]
   └─ 教員へ口頭で説明 → 内容の妥当性を確認・承認(合格)

学生自身に「なぜその間違いをしたのか」を教員へ説明してもらい、その説明の妥当性を教員が確認・承認して初めて「合格(可)」とします。このプロセスにより、学生は自分の読み方の癖や思考の偏りに自ら気づくことができるようになります。

4. 学生の反応と成果

本プログラムは、アルバイトや課外活動などで日々のスケジュールが過密な学生にとっても、学習への心理的・時間的ハードルが低い設計となっています。スキマ時間を見つけて「短時間でこなせる自分の作業量」の感覚を身につけさせるとともに、毎回の対面では「問題点の報告、対話、そして承認まで」を短時間で完結させるサイクルをつくることで、無理なく継続的な学習習慣が定着しました。その結果、数値データと学生の意識変化の両面で大きな成果を上げています。

4-1. 読解力・論理的思考力の向上

RSTを用いた検証では、「照応解決(指示語や省略された名詞を正しく捉える力)」と「推論(文脈から論理的に導き出す力)」の2項目において統計的に有意な向上が認められました。この傾向は、文章検を用いた指導においても『指示語の把握』や『論理的構成』の改善としてしっかりと再現されています。

4-2. 成績(GPA)の底上げと専門教科への波及

学修成果(GPA)を追跡調査したところ、受講者のうちGPA 2.0未満にとどまった学生は半数以下に抑えられ、中には成績上位層へ躍進する学生も現れました。リスク層だった受講生群の平均GPAが、通年で学科全体の平均と同等水準まで向上しており、完全にではないものの学力底上げが達成されています(同様の効果は社会科学系の他学科でも確認されています)。

4-3. 学生の意識変化

2年前期に受講生へ実施した調査では、履修中の全教科を対象に「教員の話している内容が理解できているか」と尋ねたところ、回答者全員が「理解できる」または「まあまあ理解できる」と回答しました。

「先生が何を言っているかわかるようになった」「教科書の意味が頭に入るようになった」という実感は、学生たちの大きな自信に繋がっています。

5. 今後の方針と期待

初年次において読解力を体系的に高めるアプローチは、大学での専門的な学びの土台を作るだけでなく、学業不振による中退防止や部活動生の学業両立において極めて有効であることが実証されました。

今後は、直近で見られる受講対象者の変化について詳細な分析を進めるとともに、カリキュラムの精度をさらに高めてまいります。また、このノウハウを他学科や他部局へも横展開し、より多くの学生が自立した学びを獲得できるよう支援を拡大していく方針です。

6. おわりに(教育者としての実感)

毎年、学力不足から専門講義についていけず、ドロップアウトしそうになる学生が数名存在します。専門教科を担当する立場として、そうした学生を見過ごすことができず、以前はもどかしさやイライラを感じてしまうこともありました。

しかし指導を重ねる中で、「読解力」という根本の土台さえ整えてあげれば、学生は驚くほど目覚ましく成長するということを実感しました。手に取るように成長がわかるようになってからは、私自身も焦らず、余裕と確信を持って学生一人ひとりと向き合えるようになりました。

こうした丁寧な関わりを通じて、学生との間に深い信頼関係が生まれます。「先生のもとで学びたい」と私の研究室を進路に選び、長い学生生活では大学院の修士課程まで共に研究に励み、社会へと羽ばたいていきました。

読解力支援は、単なる「遅れの挽回」ではありません。学生が自分自身の力で考え、専門性を深め、将来の可能性を大きく広げるための「一生モノの武器」を渡す教育なのだと確信しています。

※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

資料請求・お問い合わせ

まずはお気軽にお問い合わせください。