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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

近畿日本ツーリスト株式会社(KNT)

吉川 勝久 氏

代表取締役社長 吉川 勝久 氏

1945年生まれ。1968年京都大学経済学部卒業後、同年近畿日本鉄道株式会社入社。常務取締役 鉄道事業本部営業統括部長、専務取締役 経営企画部 伊勢志摩事業推進部および名古屋支社担当 鉄道事業本部営業統括部長、代表取締役副社長 経営企画部担当グループ事業本部長等を歴任。2008年2月に近畿日本ツーリスト株式会社顧問に就任し、同年3月より現職。その他、株式会社KNTツーリスト取締役会長、株式会社近鉄ホテルシステムズ取締役、蔵王中央ロープウェイ株式会社取締役も現任。

1.志す業種の「社会的意義」を捉えてほしい

 今年3月、私はグループ本体である近畿日本鉄道株式会社から、KNT社長に就任いたしました。すなわち他業種からの転身だったわけですが、それ以来、私は「旅行業の意義とは何か」について、いろいろと考えてきました。そんな中で思ったのは、旅行業には「生活に潤いを与える」「気晴らしや気分転換をしてもらう」などの個人的意義にとどまらず、二つの大きな社会的意義があるということです。
 まず一つは、旅という非日常の体験を通じ、人々に多様性を受け入れる柔軟性を養ってもらうということです。今年6月、東京・秋葉原で通り魔事件が発生し、7人もの尊い命が奪われました。事件の背景には、自らの生活圏から離れることなく、バーチャルな体験ばかりを積み重ねる現代の若者の画一的・閉鎖的な価値観があります。豊かな感受性を養い、多様さを受け入れられる人間性を形成するためには、自然や文化、歴史などに数多く触れることが大切であり、そうした機会を提供することが、旅行業の社会的役割だと考えています。
 もう一つは、旅先の国や地域の文化・風土などに触れ、相互の交流を深めてもらうということです。どんな人でも、一度旅行で訪れた国や地域には、よほどのことがない限り、好意的な感情を抱くものです。すなわち、より多くの人々が国と国の間を往来することは、国際親善をつうじて世界平和の礎を築くことにもなり、その一翼を旅行会社が担っていると考えます。
 以上が旅行業の担う社会的意義ですが、どのような業種にも社会的な役割・意義は必ず存在します。これから社会に出ようとする人たちは、そうした意義をきちんと踏まえ、自らの進むべき道を見極めてほしいと思います。

2.「制約」のない学生時代に多くの経験を積んできてほしい

 旅行業界に就職すると、ほぼすべての人が添乗の仕事を経験します。添乗の仕事は、一見楽しそうに見えますが、決して楽な仕事ではありません。現地で何かトラブルが起きた時、基本的に一人で判断・処理しなければならないからです。その点で、お客さまの話を聴く力やお客さまに説明する力、情報を整理する力、誠意や信頼感など、人間としての総合的な能力、すなわち「人間力」が試される仕事なのです。
 「人間力」を高めるためには、どうすればよいのでしょうか。私が若い人たちに伝えたいのは、学生時代に少しでも多くの、多様な経験を積んできてほしいということです。それは、勉学でも運動でもボランティアでも結構ですし、旅行や恋愛でも構いません。学生という肩書きの中で、多様な経験を積み上げることが「心のひだ」を増やし、「人間力」を高めることにつながるのです。社会人になるとさまざまな制約が働き、学生時代のように自由に行動することができません。

3.「基礎学力」には「目に見えるもの」と「目に見えないもの」がある

 「基礎学力」とは何か――この問いに対する答えは人それぞれでしょうが、私は「基礎学力」には「目に見えるもの」と「目に見えないもの」の二つがあると考えています。
 「目に見えるもの」としては、「知識」や「体力」、「技術」などがあります。これらは「見る」「聴く」「話す」「読む」「書く」「知る」「考える」などの行為を通じて養われるもので、幼少期から学校や家庭でしっかりと身につけてやらねばなりません。
 一方で、「目に見えない」ものには、「心構え」や「スタンス」などがあります。ここで強調したいのは、「目に見えない基礎学力」が「目に見える基礎学力」に及ぼす作用です。例えば、高度な知識や技能を持つ人でも、「心構え」や「スタンス」が不十分なために、その能力をフルに発揮できないケースが珍しくありません。つまり、「頭」や「身体」だけでなく、「心」を使って仕事することが大切で、私はよくこの話をKNTの社員に言い聞かせています。

4.日本語の活用力はその人の「心構え」や「スタンス」にも影響する

 目に見えない「心構え」や「スタンス」は、目に見える「知識」や「技術」に作用しますが、その逆もまた然りです。
 私は子どもの頃、「四字熟語」や「ことわざ」が好きで、よくその意味を調べて愉しんでいました。「表意文字」である漢字には、その一つひとつに味わいがあり、その組み合わせである熟語にはさらなる奥深さがあります。こうした言葉の一つひとつは、日本人の精神性にも強く作用しており、日本人の価値観や生き方は、「漢字」「熟語」「故事成語」「ことわざ」に集約されていると言っても過言ではありません。
 私は、心が穏やかでない時、「精進」「平静」「恕」などの言葉を手帳に書き込んだり、ときにはお守りの中に文字を入れたりして、自らの心を鎮めるようにしています。時には「節酒」などの言葉を書き記し、自らの行動を律しようとすることもあります。また、困難に直面した時には、「意のあるところに道あり」ということわざを思い出し、自らを鼓舞してきました。
 このように、日本語の活用力は、その人の「心構え」や「スタンス」にも大きな影響力を与えています。すなわち、目に見える「基礎学力」は、目に見えない「基礎学力」にも大きな影響を及ぼすのです。

5.「基礎学力」を培うために必要な「継続力」

 KNTに応募してこられる学生の方々を見て、「基礎学力」の格差を感じることがあります。「目に見える基礎学力」という点では「文章力」において、それが顕著です。これは子どもの頃からの読書量や作文量と関係しているのだと思います。
 一方で、「目に見えない基礎学力」という点では、「旅行業との向き合い方」という点で、格差を感じることが多々あります。旅行業は人間力が問われる仕事だということを、きちんと認識できている人とそうでない人との差が大きくなっているのです。
 「基礎学力」の差はどのようにして生じるのでしょうか。私は、物事に辛抱強く取り組む「継続力」の差が大きいと考えています。
 「基礎学力」は、努力した量に比例して伸び続けるわけではありません。最初は目に見えるほどの伸びを感じませんが、ある時急に進歩することがあります。その後再び伸び悩む時期がやってきますが、またある時にひとつ上のステップに上ったと感じる時がやってきます。これは勉強・スポーツなどあらゆる領域に言えることで、成長曲線の踊り場を乗り越えてこそ、次なるステップへの成長が生まれるのです。
 しかし、壁にぶち当たったまま挫折し、努力をしなくなる人は少なくありません。その意味でも、若い頃から小さな成功体験を積み重ね、壁にぶち当たった時「きっと乗り越えられるはずだ」と自らを信じることができる精神力を培っておくことが大切なのです。

6.「基礎・基本」は途切れることがない

 「基礎・基本」とは何か、それを突き詰めて考えれば、それは「人生のどの段階においても途切れないもの」だと私は考えます。どのような技能も、その土台となるものがあり、高度な技能を持つエンジニアやプロ野球選手も、その積み重ねによって高度なスキルを発揮しているのです。会社では、新入社員、一般社員、管理職、役員の各段階に「基礎・基本」があり、前の段階の「基礎・基本」がきちんと身についていないと、次なる段階の「基礎・基本」を習得することはできません。
 仕事においても同様です。KNTではユニークなツアー企画を数多く立ち上げておりますが、これら新しい企画やプロジェクトも、既存の業務をきちんと習得し、遂行できるからこそ生まれたのだと思います。土台となる「基礎・基本」がきちんと身につかなければ、次なるステップを踏むことはできません。
 私が好きな言葉に「常に道場にあり」というものがあります。これは、私の昔の上司から教わった言葉ですが、人間はどんな場面でもそこを道場だと思って研鑽すべきだということです。若い人たちは、人と話をしている時も、映画を見ている時も、お酒を飲んでいる時も、その場を「道場」だと思い、学び続ける心構えを持ってほしいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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