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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

三菱電機株式会社

野間口 有 氏

取締役会長 野間口 有 氏

1940年鹿児島県生まれ。1965年京都大学大学院理学研究科修士課程修了後、同年三菱電機株式会社に入社し、中央研究所に配属。中央研究所長、常務取締役開発本部長、代表取締役専務取締役インフォメーションシステム事業推進本部長、代表取締役取締役社長等を歴任後、2006年4月より現職。総合科学技術会議知的財産戦略専門調査会専門委員、内閣官房知的財産戦略本部本部員、日本経団連知財委員会委員長等、社外活動にも幅広く携わっている。

1.60年間大切にしてきた3つのこと

 私には小学校入学以来60年間、大切にしてきた3つのことがあります。

 まず1つ目は、具体的な目標を定めて、それに向かって「挑戦(チャレンジ)」することです。せっかく目標を立てても、漫然と構えているだけでは達成することはできません。具体的な課題を設定し、計画的に実行することが必要です。そのプロセスで欠かせないのは「予習」「練習」「復習」です。
 このなかでも特に重要なことは「練習」です。私も学生だった頃は、得意だった数学や理科を非常によく練習したので、同級生よりかなり先行して学習を進めることができました。そのほかにも漢字や和歌、俳句なども結構練習しましたが、そのときにおぼえた与謝野晶子や若山牧水の歌などは、後々人生の様々なシーンで頭に浮かんできたものです。

 大切なことの2つ目は「協力し合う」こと。どんなことでも1人で成し遂げることはできません。先人達の優れた仕事のなかにも、1人の力によるものはひとつとして存在しません。様々な人間が協力し合ってこそ、偉大な業績を残すことができるのです。
 1つの仕事で協力し合うためには、お互いを尊重しながら力を合わせることが求められます。そのためには、自分が「人から頼られる存在」になることが重要です。つまり自分の得意分野を確立させることが必要なのです。どんな人でもなにかしらの得意分野を持っているはず。頼られるものをひとつでも持っていれば、協力者を得やすいのです。

 3つ目の大切なことは、「物事を前向きに、ポジティブに考える」ことです。これは会社で新入社員が入るたびに、口を酸っぱくして言い聞かせることでもありますが、失敗しない人間は絶対にいません。私自身の人生を振り返ってみても、まさに失敗の歴史のようなものでした。しかし幸いなことに、失敗を取り戻すチャンスもまた、いくらでもあったのです。失敗や嫌なことから学ぶことも大切ですが、もっと大切なことは、そんなことにこだわって後ろ向きに沈みこまないことでしょう。今、中学生の自殺などが問題になっていますが、本当に心が痛みます。失敗することは、恥ずかしい事でもなんでもない。嫌なこともいつまでも続くものではありません。後でいくらでも挽回できるのです。

2.「読書」の大きな2つの効能

 私が今のようにポジティブに物事を考えられるようになったきっかけは「読書」でした。私は読書には2つの大きな効能があると考えています。

 1つは自分が直接経験できないことを「追体験」することができ、自分の人生観や社会観といった大局観を広げることができるということです。
 私たちが実際に体験で得られる経験値には限界があり、大局観を「生身の経験」だけで得ることは不可能なのです。ですが本の世界では、どんな経験も失敗も追体験できます。読書を通じて大局観を養うことで、それが豊かな発想へと繋がっていくのです。
 学生時代の私を夢中にさせたのは、井伏鱒二の「ジョン万次郎漂流記」や井上靖の「おろしや国酔夢譚」でした。この作品の主人公達の、どんな逆境にもへこたれない力強さに、いたく感銘を受けたのを覚えています。もう何十年も前に読んだにもかかわらず、今でもこんなに鮮烈な印象で覚えているわけですから、読書は人生をも豊かにする効果を持っているのだと思います。

 もう1つ、私にとっての読書の大きな効能は、落ち込んだときや気分が乗らないときに「元気」や「エネルギー」をもらえるということでしょう。
 もともと私は学生時代から、試験の点数が悪かったときなど、友人と騒ぎに出かけるよりも、本屋をのぞいてみようと思うタイプの人間でした。ですから本を読むことによって励まされたり、元気になったりすることが多かったような気がします。
 例えば「キュリー夫人伝」では、支え合いながら研究を続けた科学者夫婦の姿に心を打たれ勇気付けられましたし、30代~40代の頃は、司馬遼太郎の「菜の花の沖」や城山三郎の「粗にして野だが卑ではない」に大いに影響されました。人生を豊かにしてくれて、時にはエネルギーも与えてくれる。読書は人生にとって欠くことのできない大切なものです。

3.「21世紀の人材」に求められる2つのスタンス

野間口 有 氏 これからの世代を担う若い人に必要なことは、まずは「ネット社会を健全に生き抜く」という意識と知恵を持つことだと思います。

 現代は常にネット上で他人同士がつながっている、ブロードバンドの時代です。IT技術の進歩は単に通信が高速化したというだけでなく、コミュニケーションや社会の在り様そのものを変化させてしまいました。ネットワークを通じて様々なビジネスやコミュニケーションが可能になり、誰もがクリエイター(創作者)として、情報を発信する「放送局」になることができるようになったのです。このように誰もが情報発信主体になれるIT社会では、より高い倫理性が問われます。また著作権やプライバシーの問題に対しても、これまでにない細心の注意が必要になるでしょう。

 今はまだ、急激な技術の進歩に、社会のルールや生活規範が追いついていない状態です。今後、IT社会を健全に運営していくためには、サービスの提供者だけでなく利用者も、「リベラルアーツ(教養教育)」や「社会的規範意識」、「道徳心」などを、より高く身につけることが求められるでしょう。言うまでもないことですが、サービスの利用に当たっては、周囲のアドバイスを受け入れながら行うという「注意深さ」も忘れてはなりません。

 次に必要なのは、「世界の中の日本人」という意識とそのための教養を持つことです。

 グローバル化の時代でもある現代においては、自国の文化や歴史についての知識や教養も問われてきます。私自身がビジネスや日常生活において痛感したことは、日本の伝統と文化を理解した「真の日本人」であることの大切さです。
 外国の方々の中には、日本文化についていろいろと質問をしてくる方がいらっしゃいます。それは、こちらへ ホスピタリティ(おもてなし、歓待)の現れである場合も多いのです。的確に答えられなければ、かえって相手を落胆させることにもなりかねません。真の国際化のためには、日本文化を理解し、誇りを持って世界に伝えていくことが求められます。
 理系科目を得意としていた私は、国語・歴史・地理などを最低限しか学習しませんでした。そのことを、大学生になってから悔やみました。理系が好きな人や理系を志望する人こそ、学校に居る間にこれらの科目をきちんと学ぶことをお勧めしたいと思います。

4.社会生活でも学習でも、大切なのは「基礎・基本」

 先日、私の母校である鹿児島県出水市の中学校を訪れたときのこと。職員室の場所を聞いた私に、その学校の生徒達は「こんにちは」と実に気持ち良く挨拶してくれたのです。これには本当に感激しました。
 考えてみれば、挨拶は一番自然にできるコミュニケーションの第一歩です。「社会生活」を支えるのは「コミュニケーション(対話・会話)」であり、それを支えているのが「挨拶」なのです。

 最後に、忘れてはならない「基礎・基本」をもう1つ。それは「基礎学力」の重要性です。当社の研修でも、基礎基本の研修に最も力を入れています。しかし、現在の教育機関全体を見てみますと、どうも基礎の重要性が忘れられている気がするのです。
 例えば、大学の理科系学部でも数学の基礎が充分に教えられていなかったりします。ですから例えば「解析ソフト」の操作方法は分かっても「解析のロジック(理論・理屈)」は理解できていなかったりするのです。これではとても社会では通用しません。

 「基礎・基本」を身につけずして、応用力が身につくことなど有り得ません。応用とは、基礎基本の組み合わせによる活用のことを指すのですから。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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