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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

協和発酵キリン株式会社

平田 正 氏

相談役 平田 正 氏

1963年東京大学農学部農芸化学科卒業後、同年協和発酵工業工業株式会社に入社。1969年農学博士を取得した後、1970年米国国立癌研究所に留学。帰国後は東京研究所の研究員として、抗生物質ロラカルベフ®の発明・開発に従事。常務取締役医薬国際事業部長、代表取締役社長、代表取締役会長を経て、2005年より現職。その他公職として、バイオテクノロジー戦略会議委員、社団法人日本バイオ産業情報化コンソーシアム会長、日本バイオ産業人会議世話人副代表、財団法人バイオインダストリー協会理事、財団法人加藤記念バイオサイエンス研究振興財団理事長、経済同友会幹事等を歴任。

1.社会(企業)で問われる能力とその基盤

 若者が社会に出るということは、すなわち親や同級生などの「同質」な人々の中から、上司や顧客などの「異質」な人々の中に飛び込むことであり、その環境は大きく変化します。その時にぶつかる最大の試練は、異質社会の中に自分をいかに位置付けられるか、ということです。
 その試練を乗り越えるためには、コミュニケーション(対話)能力が必要です。単なる会話上手という意味ではありません。文化背景や社会観・歴史観・人生観などの価値観、置かれている環境などが様々に異なる人(あるいは集団)と対話する。その中で自分の考えを伝え、説得し、受け入れてもらったり、あるいは相手の考えを受け入れたりできる能力です。

 大陸と地続きで多様な民族がともに生活している欧米の社会では、この能力の重要性を誰もが認識し、社会を生き抜く必須の力として鍛えていこうという風土があります。一方、島国である日本では、歴史的に見て国民全てが比較的同質な集団であったため、そのような風土はあまりありません。大人たちはそのことを自覚して、若者を教育する必要があるのです。

 このコミュニケーション(対話)能力の基盤となるのが「基礎学力」です。ですが、いくら子供たちに「基礎学力が大切だ」と言っても、彼らが自ら進んで学ぶことはないでしょう。基本的なものごとをしっかり教え込み、また経験を通して体得できるような訓練の場を、大人が与えることが重要です。

 実はこの日本にも良いお手本があります。江戸時代の寺子屋において「往来物」と呼ばれていた手本が使われていました。これは、当時さまざまな職業ごとに、仕事をする上で必要な物事、特にお客や取引先とのやり取り(往来)に必要な「言葉」や「心構え」に関する範例集で、入門・初級教育の教材として常用されていたということです。
 仕事のやり方(How to)は、実際に仕事を始めてから経験を通して学べば良いのです。ただ、仕事の基盤となる「言葉」と「心構え」に関しては、社会に出る前にしっかり訓練させていたのですね。

2.基礎基本は大人が毅然と教え込むべし

 このごろ新入社員のレポートを見ると、語彙も文脈も間違いだらけということも珍しくありません。学生時代に新聞も本も読んでこなかった人も居ると聞き愕然とします。基礎基本は、脳細胞の柔らかい若いころに、徹底的に教え込むしかありません。繰返しになりますが、子供の自主性に任せず、大人が訓練の場をつくることです。

 私も経済同友会の活動の一環として学校現場に足を運び、教壇に立つこともあります。先生方の中には、各方面からの様々な批判や指摘を受けて、「子供達を傷付けてはいけない。授業は楽しくなくてはいけない。」という強迫観念にかられ、自信を失っている方も散見されます。
 ですが、勉強とは強いて勉めると書くのです。楽しく学べる工夫も大切ですが、たとえ子供が辛くとも学ぶべきことは学ばせる。それが、子供の将来にとって本当に必要なことです。親の庇護をはなれ、社会へ出る時の生きる力となるわけです。毅然とした態度で、ぜひ教え込んでいただきたいと思います。
 今後ますますグローバル化、多様化が進む社会において、必要とされる「知」の量は大幅に増えてきています。それらに関しては、大人が責任を持って教え込む必要があるのです。

3.企業で問われる高度なコミュニケーション(対話)能力

 会社においてはどんな部署、職種であれ、仕事の大半は社内外とのコミュニケーション(対話)で占められます。社内においては、同僚、先輩、特に上司との良好なコミュニケーションを通じて信頼関係を築くことが、仕事を円滑に進める上で大変重要になります。また、部下を持ち責任の範疇が広がるほど、より高度なコミュニケーション(対話)を行う必要があります。すなわち、会社の方針や意思決定の中身、価値判断基準、それらの背景にある精神や考え方など、抽象度の高い内容を社員に浸透させる必要があるためです。さらに顧客やビジネスパートナー(協力先)との、時には難しい交渉においては、相手を納得させ信頼を勝ち取る高度なコミュニケーション力が成功の鍵になります。

4.新たな価値を生み出す「イノベーション」を支える「基礎学力」

平田 正 氏 私は「日々新たにして日々新たなり」という言葉を大切にしています。人は常に、昨日より今日、今日より明日と進歩し続けようとする意思が大切なのです。進歩とはつまり「イノベーション(新しい価値を生みだし社会を変えること)」に他なりません。

 プリンストン大学の正門にあるアインシュタインの銅像には、彼が残した次の言葉が刻まれています。「Imagination is more important than knowledge(想像力は知識よりも重要である)」
 知識は有限ですが、人の想像力と発想に限界はありません。まずは既存の知識を学び、そこから想像を膨らませることで新たな知恵が生まれます。逆説的に言えば、既存の知識の習得なくして「イノベーション」は起こり得ません。そして、誰もが等しく学ぶべき既存の知識が「基礎学力」なのです。

 「イノベーション」の第一歩は、まず個人の発想から始まります。この発想は、言葉を用いた思考を繰り返すことによってのみ生まれます。次の段階で、この発想への他者の巻き込みが必要になります。個人の思いつきだけでは「イノベーションの実現」には結びつかないからです。自分の発想を言葉で表現し、他者を説得すると同時に、多様な意見を受け入れていく。抽象概念レベルの対話や議論を繰り返すことで、力強いエッセンスの部分が研ぎ澄まされた形で抽出されてきます。そのような「高度なコミュニケーション(対話による高次元での統合)においては、相互の「言葉の力」や相手の背景を理解できる「基礎教養」が問われます。まさに、互いの「基礎学力」がものを言うのです。

5.大卒者の離職率の高さに対して思うこと

 4年制大学を卒業した人でも、就職して3年以内に4割以上が離職しているというニュースを聞いたことがあります。
 現代では、契約社員や派遣社員など様々な雇用形態が増える一方、正社員の雇用が減少しています。企業の教育投資は正社員を中心に行われますから、非正社員が社会で育てられる機会は少なくなりがちです。早期に離職するほど再び正社員として雇ってもらえる可能性は低くなり、社会から学ぶ機会を享受できる人もさらに減ることになります。
 このような実態から、就職する前の学生時代(小中高を含む)に身につけた能力が、その人の人生に与える影響は大きいといえるでしょう。
 私は、学生時代には部活動などに積極的に参加するべきだと思います。部活とは「コミュニケーション(対話)」はもちろんのこと、「チームワーク」「役割の遂行」「我慢や辛抱」「相乗効果の発揮」「敗者や弱者への思いやり」「組織目的や目標の達成意欲」など、企業組織で行われていることの疑似体験ができる場です。部活動への参加率が落ちているという話も聞きますが、これも早期離職率の上昇に影響しているのではないでしょうか。

 それから、よく若者に対して「できるだけ早く大きな夢を持て」と言う大人が居ますが、これが意外と早期離職の遠因になっているのではないかと感じます。
 社会に出たばかりの若者に、本当に自分のやりたいことなど分かるはずがありません。自分の浅い経験と知識だけでやりたいことを決めつけてしまい、入社した後に「やりたいことが出来ない」と言って辞めてしまう。最初から大志とやりがいに溢れた職場の主役になれるなどという幻想を持っていては、どの会社に入っても幻滅してしまうでしょう。真に目標とする「夢」や「心の底から熱中できること」は、往々にして仕事を通して見つかるものです。まずは目の前に与えられた自分の役割を、辛抱しながらもしっかり果たしていくことが必要なのです。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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