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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

株式会社 資生堂

前田 新造 氏

代表取締役社長 前田 新造 氏

1947年生まれ。1970年慶應義塾大学文学部社会学科卒業後、株式会社資生堂入社。マーケティング本部化粧品企画部長、資生堂アジアパシフィック株式会社取締役社長、取締役執行役員経営企画室長などを歴任後、2005年6月より現職に就任。

1.はじめに

 我々の企業活動において、社員に必要な「基礎学力」とは何なのでしょう。
 社会人としての教養・常識といったものは実はたくさんあり、全てを簡単に身につけられるものではありません。さらに昨今では、かつて当たり前であったこと、当然常識であるべきことが壊れつつあると感じます。

 「数学・理科などの教科を通して思考力を磨くこと」「ITを駆使して情報を集積・分析し、経営に生かすこと」など、重要な「基礎学力」は数多くあります。国際戦略という観点からは、「語学力」を磨くことも非常に重要です。当社においても、全社売上の約3割を海外市場から得ています。国内と合わせると、世界の化粧品市場で第4位の売上規模となっています。

 しかし、全ての基礎になるのは、日本語の読み書き能力であり、漢字の活用能力であると思います。まずは母国語を磨き、日本文化を理解することが、「思考力」や「情報活用力」や「語学力」を生かす土台となるのです。

2.経営の根幹はコミュニケーションそのもの

 当社はある時期、「大企業病」に陥っていました。企業とは、「お客様のために」が行動基準の全てであるべきです。ですが当社の社員は、むしろ社内の人々に気を遣いすぎて、「内向きの論理」に縛られ、身動きが取れずにいました。社員全員がそのことに気付いていながら、なかなか打破することができずに悩んでいたのです。

 そこで、最も顧客に近い最前線の現場に居るBeauty Consultant(店頭での接客・販売を担当する社員、以下BC)から、顧客や現場の声を徹底的にヒアリングしました。私自身はもちろん経営幹部らが、国内の事業所全てに出向き、全てのBCと対話することができました。そこから浮かび上がった様々な問題を、およそ7つの課題に整理し、解決策を考えました。その結果、約1年間で、全ての課題に回答することができたのです。組織内の例でいうと、育児休業や育児時短を実現するための代替アルバイト要員の確保、などをトップダウン方式(上意下達形コミュニケーション)で解決しました。

 また、増えすぎたブランド商品を、当社を代表するメガブランドに絞り込んでいく「選択と集中」も大きな課題でした。新商品を開発し、売れなくなってはまた新商品を開発…これを繰り返した結果、商品ラインアップは膨大になり、誰も商品全体をマネジメントできない状況になってしまいました。顧客や社員の意見を集約するボトムアップ方式(下意上達形コミュニケーション)で、思い切って商品を絞り込んでいきました。こうして誕生したのが『資生堂シャンプーTSUBAKI』などに代表される、資生堂メガブランドです。

 これらの活動が、社員の悩みを解決すると同時に、顧客の意向とも合致し、結果的に顧客信頼を得ることに繋がってまいりました。方針の徹底や問題解決の決め手は、やはり面と向かって交わす対話にありました。まさに、経営の根幹はコミュニケーションそのものだったわけです。私たちの企業活動の全てがお客様の満足につながり、社会からも信頼される会社になるよう経営を進めています。

3.受け継がれる企業文化は言葉に集約される

前田 新造 氏 もうひとつ、「日本語・言葉の力」を実感するエピソードをご紹介しましょう。
 当社の企業文化は初代社長福原信三の信念から生まれ、今も脈々と受け継がれています。それは3つの言葉に集約されます。

その1「商品をして語らしめよ」
その2「ものごとはすべてリッチでなければならない」
その3「ブランドは世界で通用しなくてはならない」


 ブランドの信頼は、個々の商品や品質だけでなく、企業の理念や哲学も顧客から信頼されてはじめて生まれるものです。当社は先達の理念を忠実に受け継ぎ、3つの言葉を根幹に価値判断を行って来ました。また、これらの価値判断基準があったからこそ企業文化として継承していくべきものと、新しい時代に則して革新すべきものの峻別が、素早く行えたのだと思います。

 我々は、次の世代に残る仕組みをどれだけ作れるかが大きな使命であると考えています。それも言葉で受け継がれるもの。「日本語・言葉の力」なくして、企業文化の伝承は成し得ません。

4.社会に出るまでに身につけて欲しい「基礎学力」とは

 これらの例からも分かる通り、社会人・企業人にとって最も必要な「基礎学力」は「日本語・言葉の力」なのです。もちろんそれが全てではありませんが、あらゆる部門・階層の社員であっても間違いなく問われる能力だと思います。
 それでは、社会に出る前に「日本語・言葉の力」を身につけるためには、どうすれば良いのでしょうか。

 皆さんには、是非読書を勧めます。最近良く耳にする、若者の活字離れは由々しき問題だと思います。まずは数多くの素晴らしい「日本語・言葉」に触れることが大切です。そして読書は、「日本語・言葉」を育むだけではなく、「情緒・感性」を養います。最近では、連日のように耳を疑うような事件や、信じられない出来事が発生しています。小さい時からのしつけや礼儀作法、そして情操教育の欠如が数々の事件の背景にあると思います。良い書物にたくさん触れて欲しいと思います。人生に大きな影響を与える言葉がいっぱい詰まっています。愛、感動、友情...まさに言葉の宝石箱。生きる勇気や生き抜く力、他人に対する思いやり、やさしさ、感謝の気持ちを大切にする心...など、人生を豊かにする言葉が溢れています。

 一度、中国の古典に触れるのも良いと思います。私の信条である「至誠、天に通ず(孟子)」等のように、非常に多くの示唆が含まれた言葉が多いのです。また、非常に簡潔で論理的な文体で書かれていますので、「日本語・言葉の力」を養うにも最適です。

 また、これらの読書で得た言葉を、友人同士でクイズやパズルで出し合うと、より身についていくかもしれません。私は学生時代、ジャズに興じていました。その演奏旅行の道中で、電車内のボックス席4名でグループを組み、漢字クイズや漢字パズルに興じていたことをなつかしく思い出します。「チミモウリョウ(魑魅魍魎)」「リンゴ(林檎)」「バラ(薔薇)」などを漢字で書けるか、と問題を出し合っていました。漢字は世界で唯一の表意文字であり、一字一字に深い意味が込められています。その表意文字をどれくらい使いこなせるかを競い合う、知識の自慢大会だったのかもしれません。

 最後に、手紙を書くこともお勧めします。はじめは煩わしい気持ちや、気後れもあるでしょうが、まず勇気を出して書き始めてください。素直に、正直に、自然体で...受け取った人の喜ぶ様子や表情を想像しながら書くのは楽しいことです。手紙をもらった時のうれしさも格別です。その喜びも知って欲しいと思います。決してメールでは味わえないものです。相手のことを想像し、変わらぬ友情を確認しながら、相手の幸せを祈る気持ちで、言葉を一字一字選ぶそのプロセスが情緒力を育み、感性を豊かにするのです。

 「日本語・言葉」を育むことは、同時に「情緒・感性」を育むことに繋がります。これは同時に育まれていくものであり、車輪の両輪のようなものだと捉えています。豊かな「情緒・感性」を持ち、それを「日本語・言葉」で伝えられる力。それこそが、企業が求める「基礎学力」といえるのではないでしょうか。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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