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中学校

日本語の力が豊かな人間性を育む/中学校/東京

国語科主任 小野 利長 先生

関東 / 東京

[私立] 巣鴨中学校・高等学校

国語科主任 小野 利長 先生

1.本校の建学の精神と指導理念

<建学の精神から>
 大人になれば自分のやるべきことをきちんとこなしながら、その上で、周囲にも良い影響を与えていくことが求められます。子どものうちはやるべきことの目的は自分の内にあって良いのです。しかし、成長するにしたがって徐々にその目的は、周囲のためや社会のためと自分の外へ広がっていかなければなりません。本校の建学の精神である「適(ゆ)く所として其の天職を完(まっと)うせんとす」とは、「自分の利」だけでなく、「社会の大きな利」を考えられる人物を表しています。周囲のため、社会のために自分のやるべきことを誠心誠意、真面目にできる人物を育てる。それが巣鴨の教育です。

<指導理念(自己責任の考え方)>
 本校では、国語科だけでなく、どの教科でも課題の提出期限を必ず守らせるようにしています。なぜなら、「やるべきことをしっかりやらせる」という姿勢を貫くことで子どもたちは大きく成長するからです。本校での学校生活を通して、生徒達は徐々に「言い訳は通用しない。」ということが分るようになります。この積み重ねが、生徒の自己学習力を育むのです。学校の授業で学ぶことと、それ以外の時間で読書などを通して学ぶことと、どちらが多いかといったら、自分で学ぶことのほうがはるかに多いのは自明の理です。1時間の授業で学べることは限られています。だからこそ学校では、生徒の自己学習能力の向上を図らなければならないのです。

 国語科としても教科指導を通して、「とにかく今やらなければいけないことを怠けないで一生懸命やるように」と生徒に伝えています。極一部ではありますが、入学時には与えられたことをきちんとできない生徒もいます。しかし、そのような生徒にはできるまで何度も課題を与え、必ずやり直しをさせるようにしています。このような経験の積み重ねで、与えられたことがしっかりできるようになるです。

2.漢字学習と「漢検」の取り組み

 「漢検」の取り組みも一面では、上記の指導理念の表れと言えます。常用漢字を活用できるレベルの漢字力は、生徒が中高時代に身につけるべき最優先事項であり、まさに「やるべきこと」です。そして、漢字力は「一定の努力をすれば、誰でも身につけられる力」であると同時に、「書き取りなどの反復訓練を怠けないで一生懸命やることでしか身につかない力」でもあります。つまり、「漢検」は漢字力はもちろんのこと、国語科の指導理念である「やるべきことを一生懸命やる姿勢」を身につける取り組みであるとも言えるのです。一生懸命学習した結果が形として表れやすい「漢検」の受検は、地道に一生懸命学習することは報われるということを全ての生徒に伝える良い機会と捉えています。

 到達目標として、中1で3級、中2で準2級、中3で2級に全員合格することを掲げています。常用漢字を使いこなせる範囲である2級に中学生のうちに到達させているのは、早期に確かな漢字力を身につけさせ、高校生になってからは応用発展的な学習をしっかりさせたいと考えているからです。

 漢字学習として、授業では新しい単元に入るたびに新出漢字を練習させて確認テストを行っています。そして、それとは別に、年度の総まとめテストとして「漢検」を活用しています。「漢検」の対策準備は自宅学習が基本です。生徒に自分でスケジュールを立てさせて学習させ、学校では確認テストのみを行ないます。確認テストは2週間から3週間に1回、クラス担任の先生に協力してもらい放課後全クラス一斉に行なっています。問題数は25~30問。合格点を8割程度としています。協会が設定している学年該当級よりも高い目標設定をしていますので、入学して間もない生徒たちのこの確認テストの合格率はそれほど高くありません。初めのうちは、8割以上正答するのはクラスの半数程度です。しかし、合格率が低い理由は、高い目標を設定していることよりも、多くの生徒が、小学生の時に自分できちんと計画を立てて自宅学習をした経験が少なく、学習の仕方まで手取り足取り教えられてきたからだと推測しています。

 しかし、そのような生徒たちも徐々に自宅学習の習慣を身につけ、それと共に自分なりの学習方法も定まってきます。日が経つにつれてどんどん合格率は向上し、数ヵ月後には殆どの生徒が小テストをクリアできるようになります。去年の例では、入学して一年後、全ての生徒がきちんと自宅学習ができるようになっていました。「漢検」についても中1終了時点で3級に全ての生徒が合格しています。「やるべきことをやる」ことはもちろんですが、できるようになるまで指導することが重要です。課題を与え、生徒を信じ、与えられたことをとにかく一生懸命やらせる。生徒の指導は、まずはここから始まると考えています。

 「漢検」は学習の成果が、合格という形で表れますので学習の動機付けとして有効です。しかし一方で、準備として行う反復訓練は、生徒たちにとって無味乾燥でつまらない領域の学習となります。無味乾燥で取り組み難い分野だからこそ、ただ単に目標設定をするだけでなく、日々、授業の中で本質的に漢字力の必要性を問いかけることが有効と考えています。生徒たちには、よく「漢字を覚えることは『言葉』を覚えること。思考や表現は『言葉』によって行われ、貧弱な思考力・稚拙な表現力は『言葉』の力の不足である。」と伝えています。

 本校の入試で漢字書き取り問題の正答率傾向をみて見ますと、画数の多い一見難しそうな漢字を書かせる問題の正答率が低いのではないということが分りました。実は、「太古」のような画数の少ない漢字を組み合わせた熟語で且つ日常会話では使わないような語彙の書き取り問題の正答率が低いのです。これは言葉を知らないから書けないのだと思います。この言葉(=語彙力)の不足はとても大きな問題です。

 現代の中高生は、もしかすると昭和30年代くらいの生徒と比較して知っている語彙数は多いのかもしれません。しかし、その多くはテレビなどを通して知った耳から入ってくるカタカナ言葉などの口語であると思われます。私が問題と感じるのは、生徒たちの活用できる文章語が極端に減っていることです。意味含有率の高い文章語はテレビを見ているだけでは覚えることはできません。昔から、文章語の獲得方法は本を読むか、書き取りをするかしかありませんでした。これをさせるのが不易の教育です。本校でも、「漢検」3級レベルでも同音異義語で苦労する生徒が大勢います。これは、言葉を知らない、文脈の中で使える語彙が不足しているといった生徒が過去よりも増えているということだと思います。

3.日本語能力の必要性と今後の課題

 今、テレビでも日本語ブームが訪れているように思います。これは、日本人全体の言語力や教養が低下したことが背景なのではないかと私は考えています。20年前は日本語についての関心はそれほど高くありませんでした。なぜならば、できて当たり前だったからです。
 また一方で、当時は日本語能力の必要性もそれほど高くなかったとも考えられます。今は電子メールの時代です。例えば今の生徒たちは、好意を持っている女子に自分の気持ちを告白するのもメール、つまり文章でするらしいのです。少し前ならば、電話だから適当に誤魔化せたことが、今は誤魔化せません。文章を見れば教養のなさ、文章構成力のなさ、表現力のなさが直接的に相手に伝わってしまいます。しかもそれが後々まで残ってしまう。このような身近な例からも、高い日本語能力が必要になってきた環境の変化がうかがえるのではないでしょうか。

 また、今の若者たちを取り巻く環境は昔より複雑になっています。それ故に、昔よりも現代の方が、精神的な悩みや不平が鬱積しやすくなっていると思います。そんな現代だからこそ、自分の内面を整理するためにも、確かな日本語能力とその土台となる語彙力が必要なのです。主に漢字から成り立っている文章語を知らないと深い思考や考察ができません。例えば、「愛慈しみ」という気持ちは、自分の内にその語彙がなければはっきりと自覚できません。モヤモヤとした気持ちを明確にするのは言葉です。言葉を知らないとモヤモヤとした気持ちを認識することもできず、相手にも伝えることもできないのです。切れて暴力にうったえる子ども達は、実は日本語能力の不足が原因ではないかと思います。日本語能力の必要性の向上と、子供たちの能力低下は環境要因による社会的な問題です。このような環境下にある生徒たちには、日本語能力のような長い人生において大事なことは、一つずつ丁寧に厳しく指導していかなければならないのです。これからもこの信念のもと、日本語能力と豊かな人間性を培い、社会のために自分のやるべきことを誠心誠意、真面目にできる人物を育んでいきます。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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