公益財団法人 日本漢字能力検定協会

基礎学力を考える 企業トップインタビュー

三菱マテリアル株式会社

西川 章 氏

取締役相談役 西川 章 氏

1935年生まれ。1959年京都大学工学部工業化学科卒業後、同年三菱金属鉱業株式会社(1990年三菱鉱業セメント株式会社と合併し、三菱マテリアル株式会社に社名変更)入社。新素材事業部化成部長、取締役中央研究所長、日本アエロジル株式会社取締役社長、経営顧問、社長補佐、経営企画室長、取締役社長、取締役会長等を歴任後、2005年より現職。

1.日本の未来のために「真のエリート」育成が急務

 若者の将来を思い、幸福で明るい日本の未来を願う気持ちは、私は人一倍強いと自負しています。その実現の為に欠かせないのが、国や社会を率いていく質の高い「真のエリート」の存在です。彼らには圧倒的に優秀であると同時に、「国・社会・家族を愛し守る」という強い使命感を持ち、利己的でない健全な価値観や人生観を身につけ、それを実現するための情熱と根性を備えていることが求められるのです。強いリーダーであることが求められます。これは企業という単位に照らしてみても同じことです。真に優れた人材で経営層を構成し得た時に、社員も社会も幸せに出来る企業になり得るのです。わが国の繁栄、国民・社員の幸福は「真のエリート」の優劣に掛かっていると言っても過言ではありません。

 このような観点から、日本の教育の最優先課題は、「真のエリート」育成に尽きると考えます。そして、そのためには教育における到達基準の「低位基準方式」を改め、「高位督励方式」に切り替えていく必要があると考えます。
 日本の教育は、特に戦後「同一機会・同一ゴール」で競争させるという、いわゆる「低位基準方式」を採用してきました。平均レベルの人材を多数輩出することを目的としていたためです。しかし、突出して優秀な人材を輩出するためには、素質のある者にこそ多くの機会を与えて、より高いゴールまで到達させるという、「高位督励方式」に切り替えるべきだと考えます。

2.エリートの素質を見極めるために「基礎学力」領域における競争を肯定すべし

 「真のエリート」育成の重要性を訴えてきましたが、もうひとつ重要なことがあります。それは、生まれながらにして選ばれた「真のエリート」など存在しないということです。全ての若者の中から、その素質のある者を見極めていくための方法論が必要です。
 そのためにも、読み書き等の「基礎学力」領域はもちろん、あらゆる学びの場面で競争させ、優勝劣敗を決し続ける必要があると私は考えます。従来とは大きく異なりますが、それを積極的に肯定していくべきでしょう。逆にいえば、競争と優勝劣敗が資本主義・市場原理主義の原則である限り、これを経験しないまま社会に出ることは、若者にとって無謀な賭けとしか言いようがありません。

 そしてこの競争と優勝劣敗を通じて、全ての競争参加者がそれぞれの得意領域を見いだすことができるでしょう。それを自他共に認めることによって、生きる自信を持つ人達も増えます。結果として、一部のエリートに限らず、全ての国民を幸せに導くための道筋であると考えます。

3.若者の意欲低下を嘆く前に 国や社会を愛するための「基礎学力」を与えているか

 最近では、若者達の意欲の低下に対する危惧をよく耳にします。ところが、人間は「意欲を持て」と言われただけで意欲が湧いてくるほど、単純な生き物ではありません。では、意欲の源泉とは一体何なのでしょうか。
 私は、「国・社会・家族を愛し、守る」といった使命感であると思います。こういった明確な目標を持たずして、人間は「生きる意欲」「働く意欲」「社会貢献する意欲」を強く持つことはできません。人間とは、利己(私利私欲)だけでは生きがいや働きがいを得られない、社会的な生き物です。利他(公利)に生きた時こそ、心の底から意欲が湧いてくるのです。

 若者の意欲低下を嘆く前に、彼らに根本的な使命感や目標を与えているかどうかを、大人の側が自省する必要もあるかもしれません。学校教育においても、「国・社会・家族を愛し、守る」いう、使命感や目標を持たせるための指導が不可欠です。そのために必要な「基礎学力」つまり、自国の歴史や成り立ち、他国との関係性などを教えることは、学校の責務だと考えます。

4.大学は入試偏重を改め 入口の門戸を広げ出口の「基礎学力」等の到達度管理を徹底せよ

西川 章 氏 現在の大学は、学校さえ選ばなければ誰でも入学できるほど入り易くなっていると聞きます。大学入学が狭き門であった当時は、激しい受験戦争も「自ら目標を設定し、それを乗り越える訓練の場」としての意味はあったと思います。現在でも、最難関と言われる大学ではそうかもしれません。ですが、これだけ入試が形骸化してきた今、大学は入試偏重の態度を改め、門戸を広く開放すべきだと考えます。
 ただし、進級や卒業の要件管理を、徹底的に厳しくすべきです。大学の4年間で、厳しい競争と優勝劣敗を実践すべきだと考えます。そうすることで、卒業生の人材の質を担保すべきでしょう。

 社会や企業で求められる「基礎学力」や「専攻領域の知識」の体得度合いは、入試の結果だけでは全く分かりません。むしろ、進級時や卒業時に読み書き能力を土台とした「対話力」「思考力」「価値観(社会観・歴史観等)」及び「専攻領域」の習得到達度を厳密に問うことでこそ、これらの必要な力を身につけさせることができると考えています。
 また、この方式の隠れたメリットは、後発型人材(スロースターター)の敗者復活の場にもなることです。先発型人材(早熟人材)のみならず、多くの人達から「真のエリート」を発掘する役割も担うことができるのです。

5.急激なIT化という環境の中で「人間力」「価値観」を磨くためには~「優れた文章や言葉と触れる」ことと、その土台となる「読み書き」という「基礎学力」~

 IT化の流れの中で、人々の「人間力」や「価値観」が損なわれつつあることは各方面から指摘されています。ですが、「だから使わないようにしよう」と呼びかけたところで、全くの無駄です。古今東西、人間は本能的に易きに流れるように出来ています。これだけITやメディアが氾濫した現代において、パソコンや携帯の便利さから逃れることは絶対にできないでしょう。そのような強い逆境に対抗して、どのようにして「人間力」や「価値観」を身につけさせるか、具体的な対策を考えることが重要です。

 この「人間力」と「価値観」という二つを身につけることで、人間関係を築くための「優れた人格」と、前に進んでいく為の「確固たる人生観」が培われ、自立した人生を送ることができると考えます。そして、これらを身につける唯一の方法は、「良いものに触れる」「本物に触れる」「逸材に出会う」ことしかありません。ところが、現実に出会える人やモノに限定していては、質も量も担保できません。優れた人格、優れた思想に触れる最良の方法は、読書以外にないでしょう。「優れた文章や思想と触れる」という行為をバイパスしがちなIT社会においては、「文字を通して人格を育てる」という決意を、大人の側が持つ必要があると考えます。

 私が考える、ITという逆境に対抗するための具体策は、小・中・高等学校において朗読の時間を必修化することです。最初の30分は選ばれた良書を声に出して朗読させ、残り30分で意見交換し合う。この1時間を毎日設けることで、「真のエリート」の素質のある人材が多数輩出されてくるでしょう。
 そして、良書を多く読ませるために必要な「基礎学力」は、読み書き能力であることは言うまでもありません。一般的に「読み書きそろばん(計算)」が大切と言われていますが、私は圧倒的に「読み書き」が大切であると思います。学校教育においても、読み書き能力の育成により力点を置くべきであり、「そろばん(計算)」に関しては現状維持でもしようがないかと考えています。「基礎学力」を社会で生きていくために最低限必要な能力と考えるならば、一般的なホワイトカラーやエンジニアが社会に出て必須なのは健全な思考力に支えられたコミュニケーション力であります。読み書きを第一優先と考えています。

6.ヒューマンスキルを支えるフレキシビリティ(多様性受容能力)を身につけるためには~「優れた文章や言葉と触れる」ことと、その土台となる「読み書き」という「基礎学力」~

 入社後に、組織を巻きこみ仕事を遂行する場面では、テクニカルスキル(ある特定の業務を遂行するために必要な能力)と併せヒューマンスキル(他者や周囲との円滑な関係を構築・維持する能力、人間的な力量)が問われます。仕事の難易度が上がれば上がるほど、その重要性は増していきます。そして、難易度の高い仕事を完遂できる人材でなければ、重責を負わし得ないことは言うまでもありません。昇進させ、重責を任せられるかどうかの鍵は、その人の持つヒューマンスキルにこそあるのです。
 このヒューマンスキルの高低を決定づけるのはフレキシビリティ、すなわち「多様性を受容する能力」にかかっています。このフレキシビリティも、良書を通して「優れた文章や言葉と触れる」ことで育まれます。ここでも「読み書き」という「基礎学力」が必要であることは言うまでもありません。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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