「漢字の魅力を再発見!」東京セミナー講演録
当協会では、平成22年7月24日(土)に東京都で教員・保護者向けセミナーを開催しました(後援:東京都教育委員会、読売新聞社)。中部大学准教授で、辞書引き学習法の実践家として知られる深谷圭助先生による講演内容をご紹介します。
第1部 小学生から始める「辞書引き学習法」 深谷 圭助先生
多くの大人が、「間違った日本語」を覚えている
皆さん、こんにちは。本日は、私が20年近く実践してきた「辞書引き学習」がどのようなものなのか、そしてなぜ大切で、日本語教育においてどのような意義があるのかについて、お話したいと思います。
まず、「辞書引き学習」とはどのようなものかについてご説明します。私たちが日ごろ使っている日本語については、多くの方々が「学校の授業を通して学んできた」と思っているかもしれません。しかし、学校の授業を通して習得した日本語は、全体的に見ればごくわずかに過ぎません。私たち日本人は、生まれた瞬間から日本語の海の中へと放り出され、あらゆる場所、あらゆる場面で、日本語と隣り合わせで育ちます。そのため、小学校へ入学するころには、ほとんどの子どもが一定水準の日本語を話せるようになっています。また、「読み」に関しても平仮名50字程度はマスターし、「書き」に関してもある程度の子どもは習得して入学してきます。こうした実態は、日本の家庭教育の熱心さ、レベルの高さの表れと言えるかもしれません。
しかし、小学校では「子どもは何も学んでいないもの」という前提に立ち、平仮名50字から日本語学習をスタートさせます。ところが、実社会には漢字があちこちにあふれているので、子どもは自然と興味を持ち、読めるようになっていきます。つまり、学校のカリキュラムと実際の習得過程は必ずしも一致していないわけで、実は学校で学ぶよりも多くの漢字を学校の外、カリキュラム外で学んでいるのです。
これは学校を出て、社会に出た後も同じですが、問題は「誤って覚えてしまう」ケースが多いことです。例えば、「情けは人のためならず」ということわざがありますが、これを「情けをかけると人のためにならない」と誤って覚えている人が、大人でも過半数に上ります。こうした誤用が一般化した結果として、中には辞書の表記にまで影響が及んでしまう場合も、少なくありません。なぜ、このように誤用が広がるかと言えば、私たちに「辞書を引く習慣」がないからです。新しい漢字や日本語が入ってきた時、それが正しいかどうかを確かめないまま、自分のものにしてしまっているのです。
大切なのは、「辞書を引く習慣」を身に付けることです。学校では、多くの先生が、「テスト中は辞書を見てはいけません。自分の覚えたことを書きなさい」と指導しますが、結果として誤った漢字や日本語を覚えてしまっては、意味がありません。
私の場合、テスト中でも分からない言葉があれば辞書を引いて調べるよう、小学校1年生から指導してきました。辞書を引く習慣が身に付くと、子どもは言葉を正しく使おうとする態度が身に付いてきます。「確かめないと気持ちが悪い」となるわけです。逆に、こうした習慣を身に付けないと、「恐らく、このような意味だろうな・・・」と勝手に解釈して、間違った日本語を覚えたまま、大人になってしまうのです。
もう一つ、間違った日本語についてのエピソードですが、ある外国人の方が、ファミリーレストランの店員に、「ミートスパゲティになります」と言われて困惑したという話があります。「ミートスパゲティを持って来たのに、ミートスパゲティに『なる』とは、一体どういうことなのか?」というわけです。考えてみれば、私たちの身の回りにはこうした「あやふやな日本語」があふれているわけで、もう少し正しい使い方にこだわってもよいのではないでしょうか。
漢字は小さいうちからどんどん覚えさせる
私の「辞書引き学習法」は、「分からない言葉」がある時はもちろん、「分かる言葉」や「なんとなく分かる言葉」がある時にも調べましょうという学習方法です。「あれ?どうだっけ?」と迷ったら、迷わず辞書を引く。でも、この学習法に対しては、異論を唱える人も少なからずいます。以前、ある国語研究の専門家の方が、「むやみに辞書を引くな」とおっしゃっていました。辞書を引くと考えなくなる、文脈の中でその言葉の意味を一生懸命考えることが大切というのが、その方の主張です。
でも、その結果として間違った意味で覚えてしまえば、まったく意味がありません。前後の文脈だけで言葉の意味を推測する習慣が付けば、思い込みから誤った漢字、誤った日本語を覚えてしまう子どもや学生、大人が増えていくだけです。
日本の学校教育は、学年が上がるにつれて、学習する漢字が増えます。小学校1年生では80字、2年生では160字、3年生では200字といった具合です。これは、学習の負担を考慮してのもので、先生の中にもこうした習得過程が、科学的に合理的で、系統的な学習だと考えている人が少なくありません。
しかし、私は「鉄は熱いうちに打つ」ことが大切だと思っています。実際、小学校低学年の子どもでも、機会さえ与えれば、とても意欲的に漢字を覚えようとします。中には、幼稚園のうちから、次々と漢字を覚えていく子もいます。この時期に、漢字辞典を与えるなど、子どもの学習意欲をフォローする手だてを打てば、幼年期の子でもすごい勢いで漢字を習得し、「漢字好き」になっていくと思います。
私の場合、漢字の学習が始まる小学校1年生の6月ごろには、国語辞典だけでなく、漢字辞典も持たせるようにしています。なぜかと言えば、国語辞典を引く機会のうち、約半分は漢字を調べているからです。それならば、いっそ漢字の部首や熟語までカバーしている漢字辞典を使わせた方が、児童の学習意欲を引き出せると考えたからです。
児童たちは、机の上に国語辞典と漢字辞典を置くと、「平仮名ではなく、漢字で書きたい」という意欲がわいてきます。先日もある学校で、低学年の子どもを対象に辞書引き学習の実践を行ったのですが、私が保護者に講話をしている間、子どもたちは約1時間半にわたって、一生懸命辞書を引き続けていました。中には、1時間半で200もの言葉を調べ、付せんを付けた子もいます。「最近の子どもたちは、集中力がない」と言う人がいますが、好きなことであれば、子どもは一心不乱に取り組みます。
大切なのは、子どもが主体的に学ぶ態度を身に付けること
大切なのは、子どもたちが「楽しい」と思えるような日本語・漢字の学習方法を開発し、提案していくことです。今、学校では「テストに出るから覚えなさい」と、カリキュラムの内容を半ば強制的に記憶させるような指導をしている先生もいます。加えて家に帰れば、お父さんやお母さんから、「テストで点を取れなかったら、立派な大人になれないぞ」と言われるわけで、これでは学習が楽しいはずがありません。漢字学習について言えば、「罰として3ページ」などと言う若い先生もいて、とても残念です。
そうではなく、子どもが「使える日本語が増える楽しさ」を実感できるような学習方法を確立していくことが大切です。辞書に付せんを付けていくという学習方式は、私が最初に開発したものですが、一つの「インデペンデントラーニング(Independent Learning)」と位置付けられます。いわば、子どもたちが独立した学習者として、自主的・自律的に工夫しながら学び、力を付けていくことです。最近、子ども同士がコミュニケーションしながら学ぶグループ学習的な手法が脚光を浴びていますが、私はそれ以前の問題として、やはり子どもたちが個人として、主体的に学んでいく態度を身に付けてあげることが大切だと思います。
「知っている言葉」をどんどん調べさせる
今、辞書引き学習は全国各地の学校で展開されています。私の娘も、幼稚園の年中組になるのですが、最近言葉に興味を持ち始めて、辞書引き学習を始めました。先日、その娘が幼稚園でトイレに行く途中、階段で転んで失禁をしてしまったんですが、職員室でパンツを替えてもらいながら、「先生、これが『泣きっ面に蜂』って言うんだよ」と言ったそうで、幼稚園の先生は大変驚かれていました。子どもは、漢字やことわざが大好きで、小学校入学前の子どもでも、辞書さえ与えれば、次々と覚えていきます。そして、自然と「好きな言葉」や「好きなことわざ」なども持つようになっていくのです。
こうして子どもたちは、言葉に対する関心を高め、感性を高めていきます。最初は、付せんを付けていくこと、付せんの数が増えていくことをゲーム感覚的に楽しんでいる節もありますが、それだけでは長続きしません。せいぜい500枚くらいで、息切れして、飽きてしまいます。子どもたちは、言葉や漢字の意味を「知る」楽しさ、知らなかったことが「分かる」楽しさがあるからこそ、1000枚、2000枚と、付せんを付けていくのです。 一般的に、日本の学校教育で辞書を使い始めるのは、小学校3年生からですが、多くの先生は、分からない言葉を調べさせようとするため、うまくいきません。一般的な辞書には、約3万語にも上る言葉が載っていますので、その中から知らない言葉を探すのは、大変です。30〜40人の児童が一斉に調べれば、早い子と遅い子の差は5〜6分にもなります。早く調べ終わった子どもは騒ぎ出し、教室がざわざわし始めます。一方で、なかなか調べられない子どもは、劣等感を抱き、辞書を引くことが嫌いになります。
私の辞書引き学習では、とにかく「知っている言葉」を、どんどん調べるように指導します。例えば、ぱっと辞書を開けば、そこには必ず子どもたちが知っている言葉が幾つかは載っています。それを読んで意味を理解し、付せんを付けていくという形であれば、差は付きません。つまり、辞書を引くことに対するハードルを下げてやることで、子どもたちは楽しく、意欲的に辞書を引くようになるのです。
そうして、たくさんの付せんが辞書に付いていくと、子どもたちはうれしくなって、「僕(私)って、すごいでしょ。これだけの言葉を知っているんだよ」と自慢します。お父さんやお母さんも、たくさんの付せんが付いた辞書を見れば、褒めたくなります。小学校1〜3年生の児童は、褒められることがうれしくて勉強するという段階にあるので、テストでは良い点数が取れない子どもでも、辞書引き学習には意欲的に取り組みます。ぜひ、ここにいらっしゃる先生方も、保護者の方々も、付せんがたくさん付いた辞書を子どもから見せられた時は、面倒がらずに褒めてあげてください。
「知らないこと」=「面白い」という発想の転換
辞書引き学習を進めると、子どもたちは「知らないこと」イコール「面白い」ということに気づきます。日本の学校の先生は、子どもが理解すること、できるようになることが大切だと考え過ぎている節があり、そうした教育が子どもたちに「知らないこと」イコール「恥ずかしい」という誤った感情を与えています。これでは、子どもたちは次第に挙手・発言しなくなり、知っているふりや分かったふりをしてしまいます。
子どもも大人も、「知っている」「理解している」と思っていたことが、実は「知らなかった」ということが、たくさんあります。先日、ある男子高校生が、辞書で「バリカン」を調べたのですが、バリカンがフランス語であること、バリカンを最初に開発・販売した会社の名前であることを自慢気に私に話してくれました。つまり、その生徒にとって、バリカンという「物」は知っていても、その「語源」は知らなかったわけです。このように、「知っている」から「知らなかった」への転換を楽しみ、「知らないこと」イコール「楽しいこと」であるという逆転の発想を多くの子どもたちに持ってほしい。そんな思いを持って辞書引き学習を展開しています。
辞書で「調べる力」は、読解力をも高めます。昨今、読解力を「教科書を読ませることで高めよう」とする先生が、少なくありません。その結果、例えば「ごんぎつね」の単元で、兵十の気持ちやごんの気持ちにフォーカスし過ぎて、国語というより道徳の時間になってしまうケースがあります。
読解力を高めるには、一つひとつの言葉の意味を正しく解釈すると同時に、理解の幅を広げていくことが不可欠です。出てきた言葉がどのような意味を持つのか、含有する意味への理解が深まれば、文章の読み方も変わってきます。それこそが、今求められる読解力であり、その意味でも辞書を引く習慣は大切です。
漢字辞典も早い時期から与えた方がよい
辞書をあまりにも使い込み過ぎて、製本された背の部分が割れてしまった子どもがいます。その子のお母さんが、「新しい辞書に買い換えようか?」と言ったところ、驚くことにその子は「僕はまだ全部の言葉を調べていないから、全部調べ終わったら買ってね!」と言ったそうです。そのお母さんは、恥ずかしいことを言ってしまったと反省したそうです。考えてみれば、これまで辞書を十分に使い込んでいた子どもが、どの位いたでしょうか。過去には、辞書を買ってもらったものの、ほとんど使うことなく新品のまま自宅に放置したままの子も、少なからずいました。実際、私が辞書引き学習を始めたころも、ほとんど使われた形跡のない、お母さんの小学生時代の辞書を持ってくる子が、少なからずいました。中には、おばあちゃんの辞書を持って来た子もいたほどです。 でも、辞書には毎年、新しい言葉が追加されます。また、最近の辞書は、小学校1年生でも使えるようにルビが振られていたり、さまざまな工夫がなされていたりします。お子さんが小学生になって、辞書が必要になった時は、ぜひ最新の辞書をご購入いただくことをお勧めします。
なお、電子辞書については、「知らない言葉」を調べる上では便利ですが、ぱらぱらとめくって知っている言葉を見つけては、その理解を深めるという学習方式には適しません。やはり、紙の辞書を使って、読んでいく楽しさ、付せんを付けていく楽しさを感じてほしいと思います。
同様に「漢字辞典」も、買い与えれば、低学年の児童でも積極的に活用します。子どもは独特の感性を持っていて、「くさかんむりが好き」とか「しんにょうの形が好き」とか言います。子どもはプリミティブな存在ですので、漢字が生み出された時の感性が、子どもの中に生きているのかもしれません。その意味でも、小学校低学年のうちから、多くの漢字に触れる機会があった方がよいと思います。
通常、漢字辞典は小学校4年生くらいから使い始めますが、この時期の子どもたちにはすでに「漢字はドリルで学ぶもの」という固定観念が根付いていますので、漢字辞典を使うことの意味を見いだせません。逆に1年生から使い始めると、そうした悪い習慣が付いていないので、子どもたちは興味関心を持って、漢字への教養を深めていきます。
こうして低学年から漢字辞書を使い込んでいくと、少なくとも「読み」においては、高学年の子よりも優れた能力を発揮する子さえ出てきます。そうして漢字が読めるようになると、読書の傾向も変わってきます。中には、低学年から文庫本や新書を読み始める子もいます。
辞書引き学習を上手に進めるためのポイント
国語辞典にしろ、漢字辞典にせよ、大切なのは「身近な所に置く」ことです。離れた所に置くと、引かなくなります。なので、本棚に並べてはいけません。「身近な所に置く」という意味では、ご家庭のトイレに置くのも一手です。そして、お父さんは青い付せん、お母さんは赤い付せん、子どもは黄色い付せんといった具合に、色分けするのもよいでしょう。子どもは、お父さんやお母さんがどんな言葉を調べているのか、興味津々だと思います。いずれにせよ、1日1回は辞書を引く習慣を付けたいものです。
また、「大切に使ってほしいから」という理由で、中には布製の手作りカバーをこしらえる保護者の方もいますが、辞書が引きにくくなるので、好ましくありません。また、辞書には箱ケースが付いていますが、これは買ってすぐに廃棄してもかまいません。
私が校長を務めていた立命館小学校の子は、いつも机の上に辞書を置き、ポケットの中に付せんと鉛筆を入れていました。立命館小学校には、しばしば有名人が訪れるのですが、ある時に子どもが付せんと鉛筆を出してサインをねだったことがありました。
私が担任をしていたクラスの中には、辞書が手放せなくなって、給食の時間中も机の上に辞書を置いていた子もいました。うどんが出てくると「うどん」を調べ、牛乳が出てくると「牛乳」を調べるのです。大切なのは、「分からないから引く」のではなく、分かっている言葉でも分かっていない言葉でも、どんどん引いて、言葉への理解を深めていくことです。
それから、クラス全員が同じ辞書を使う必要はまったくありません。むしろ、一人ひとりが異なる辞書を持っていた方が、「○○君の辞書には、どんな風に書かれているの?」といった具合に、子ども同士の交流が生まれます。今までの学校教育は、「皆の辞書に載っているのに、特定の子の辞書に載っていないのはかわいそう」と考えていましたが、そんなことはありません。探している言葉が辞書にないことで、その子は友達と交流するチャンスが生まれるわけです。
こうして辞書をたくさん引くと、子どもたちは賢くなったような気になります。実際に賢くなったかどうかは分かりませんが、私は「気になる」だけでも十分に意義があると思います。「自分はできる」と勘違いしているくらいの方が、子どもは伸びます。逆に、「自分はできない」と思い込んでいる子の方が、ミスや失敗をしがちです。 もっと「自分はできる」と勘違いしている子ども、そして大人や先生が多くてもよいと思います。その方が、日本は元気になるんじゃないでしょうか。
講演者プロフィール
深谷 圭助 氏 中部大学 准教授
1965年生まれ。国語辞典を学校生活のさまざまな場面で取り入れることで、児童が主体的に学ぶ辞書引き学習法を展開。立命館小学校校長を経て、現在、中部大学現代教育学部准教授。主な著書に『7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる』(すばる舎)、『辞典・資料がよくわかる事典』(PHP 研究所)。
































