「漢字の魅力を再発見!」京都セミナー講演録
当協会では、平成22年6月26日(土)に京都市内で教員・保護者向けセミナーを開催しました(後援: 京都市教育委員会、毎日新聞社)。京都大学大学院教授で、文化審議会国語専門部会委員の阿辻哲次先生と中部大学准教授で、辞書引き学習法の実践家として知られる深谷圭助先生による講演内容をご紹介します。
第1部 漢字を楽しもう 阿辻 哲次 先生
漢字の大きな特徴
漢字は空気と同じようなもので、私たちは日ごろ、その存在をあまり意識しません。しかし、漢字は空気と異なり、なければ生きていけないものではありません。それでも、同じ空気を吸うのであれば「できるだけおいしい空気を吸いたい」と考えるように、漢字を使って同じ文化的活動を行うのであれば「より豊かな表現をしたい」と誰もが思うことでしょう。そこでまず、漢字の特徴に目を向けてみましょう。
突然ですが、次のI〜IIIから好きな字をそれぞれ1字選んでみてください。
I. 京 都 詩 夢 愛 美 香 花 馬 飯 酒 書 女 山
II. ダ イ ガ ク ノ コ ウ ギ ハ ツ マ ラ ナ イ
III. Q W E R T Y U I O P Z A C F
このような課題が与えられた場合、私たちはIについてはそれほど苦労せずに答えられますが、IIやIIIでは少し戸惑ってしまいます。実はここに、漢字の第1の特徴があります。
漢字は「表意文字」と呼ばれ、文字そのものが意味を持ち、人それぞれの思いを1字に込めることができるのです。これに対し、ひらがなやカタカナ、アルファベットは「表音文字」と呼ばれ、それぞれの文字は単独で意味を持たないため、1字に思いを込めることができません。現在、世界中の日刊紙のうち、発行部数が100万部以上の新聞で使われている文字は、少なくとも28種類あるといわれていますが、その中で漢字だけが表意文字なのです。
漢字の第2の特徴は、縦書きにも横書きにもできる点です。私たちはこのことを当たり前のように感じていますが、世界の言語の中では決して一般的ではありません。文字の書く向きを「書字方向」といいますが、英語は左から右へ、アラビア語は右から左へというように、多くの言語では書く方向が決まっています。
確かに過去には、一見、奇抜に思われる書字方向をとっていた民族もありました。1980年代半ばに、エチオピアの山岳地域に住む少数民族の史跡では、下から上へと文字を書いた石碑が発見されています。また、それよりはるか以前のメソポタミア文明では、1行目は左から右へ、2行目は右から左へと、牛で田を耕す時のように1行ごとに方向が変わる「牛耕式」という書き方をしていたようです。
もちろんこうした書字方向は例外であり、1つの言語には1つの書字方向しかないのが一般的です。しかし漢字は、上から下だけでなく、左から右へも書くことができるように、書字方向を自由に選択することができます。当然、漢字から派生したひらがなやカタカナもこの特徴を受け継いでいますので、やはり上下左右に書くことができ、書道やグラフィックデザインなどの芸術にとっても、大変都合の良い文字なのです。
第2部 漢字力・国語力向上のための「辞書引き学習法」のススメ 深谷 圭助 先生
さあ、辞書を用意しよう
小学生が辞書におびただしい数の付箋(ふせん)を貼って勉強している姿をテレビや新聞でご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。私が実践している辞書引き学習法とは、普段なじみの薄い国語辞典や漢字辞典を小学校1年生から積極的に活用する、単なる辞書の引き方の指導を超えた、新しい国語の指導法です。具体的には、まず知っている言葉を辞書で引き、意味を確認したら付箋の上部に調べた言葉を、下部に通し番号を書きます。次にその付箋を文字が隠れないように調べたページに貼ります。これを繰り返すのが辞書引き学習法です。付箋がたくさん貼られるにつれて辞書の厚みが増し、子どもたちは「私はこれだけの言葉を知っている!」という達成感を持つことができます。
そもそも辞書といえば、‘知らない言葉を調べるためのもの’という印象が強いのではないでしょうか。現在の学習指導要領では、国語辞典は小学校3年生ないし4年生から、漢字辞典は4年生から使うこととされています。しかし、基本的には辞書の引き方の指導が中心で、特に漢字辞典については、多くの人が小学校や中学校で学習した経験を思い出せないように、表面的で型通りにしか行われていないのが現状だと思います。これでは、辞書はいつまでたっても遠い存在のままですし、子どもたちの言葉への関心は高まりません。
辞書引き学習法では、知らない言葉を調べるのはもちろんのこと、すでに知っているつもりの言葉もゲーム感覚でとにかくたくさん引いていきます。辞書引き学習法は、これまでの辞書指導のあり方を180度転換したものなのです。
辞書をいつも手元に
学校で子どもたちが言葉を学ぶ機会は、何も国語の授業だけではありません。算数や理科の授業でも、そして、休み時間や昼食時にも、言葉を学ぶ機会はたくさんあります。ですから、できるだけ自分用の辞書を用意させ、常に手の届く場所に置いて、興味を持った言葉があればその都度辞書を引かせるようにしましょう。
先生方も、辞書引き学習法を実践する際には、配当漢字に対して「習っている、習っていない」、「ルビをふる、ふらない」など、神経質になる必要はないと思います。辞書引き学習法では、子どもたちの「知りたい」と思ったその瞬間の興味を最大限尊重しますから、まだ習っていない漢字でも進んで辞書で引くようにすればいいのです。
「知っている」から「知らなかった」へ
私たちは日常生活において、知っているつもりの言葉を間違って解釈して使っていることは少なくありません。また、少し意味のあやふやな言葉に出会うと、分かったふりをしてしまうこともあるでしょう。大人になると「今さら聞きにくい」と思うこともあるかもしれません。だからこそ辞書を手に取ることが大事なのです。それを怠ると、気づかないうちに正しい日本語から離れていってしまうのです。
分からないことを知ることは、何も恥ずかしいことではなく、それこそ学問の第一歩です。子どもたちは先生や親から「言葉を正しく理解していない」と叱られてばかりいると、そのうちに分からないことを恥ずかしいことと感じるようになってしまいます。しかし、辞書引き学習法を実践する子どもたちは、「知っていると思っていた言葉でも実は知らなかったのだ」という経験をたくさん積んでいきますから、知らないことを少しも恥ずかしがりません。それどころか、知らない言葉に出会うと「もっと知りたい」という探求意欲を高めるようになります。
辞書引き学習法の真価が問われるのは、子どもたちが大人になったころですが、ぜひ子どもたちには辞書引き学習法を通して、新しい言葉や意味との感動的な出会いを体験してもらいたいと思っています。そのためにも、 子どもたちには、分からない言葉や気になった漢字に出会うたびに辞書を引き、体の一部と感じるようになるまで自分の辞書を使い込んでほしいと思います。
講演者プロフィール
阿辻 哲次 氏 京都大学大学院 教授 当協会 評議員
1951年生まれ。専門は漢字を中心とした中国文化史。第22期国語審議会委員として、「表外漢字字体表」の作成に従事。現在は文化審議会国語専門部会委員として、常用漢字表の見直しに参加。主な著書に『漢字のはなし』(岩波書店)、『部首のはなし』(中央公論新社)。
深谷 圭助 氏 中部大学 准教授
1965年生まれ。国語辞典を学校生活のさまざまな場面で取り入れることで、児童が主体的に学ぶ辞書引き学習法を展開。立命館小学校校長を経て、現在、中部大学現代教育学部准教授。主な著書に『7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる』(すばる舎)、『辞典・資料がよくわかる事典』(PHP 研究所)。
































