公益財団法人 日本漢字能力検定協会

漢検漢字文化研究奨励賞

平成24年度(第7回)受賞者発表・講評・論文

平成24年度 漢検漢字文化研究奨励賞 受賞者

各賞受賞者(敬称略)論文タイトル講評
最優秀賞 該当無し
優秀賞 たなか いくや
田中 郁也
京都大学大学院人間・環境学研究科
博士課程 単位取得退学
『声類』・『韻集』の五音分類について
pdf論文PDF(1.3MB)
講評
優秀賞 さわざき ふみ
澤崎 文
早稲田大学文学学術院
文学研究科
博士後期課程3年
『万葉集』の訓字主体表記に見える二種の仮名 ―表記環境による字母の違い―
pdf論文PDF(754KB)
講評
佳作 か ち
賈 智
九州大学大学院人文科学府
博士後期課程3年
『新訳華厳経音義私記』における字様の利用について
pdf論文PDF(7.7MB)
講評
佳作 ちょう りん
張 鈴
名古屋大学大学院文学研究科
博士後期課程3年
orient、東洋(とうよう)と東方(ドンファン) ―orientという語の訳語から日中両国の自己のあり方を探る―
pdf論文PDF(1.5MB)
講評
佳作 とみた みのり
富田 美乃里
大阪大学大学院文学研究科
修士課程2年
「盡頭」「盡處」考 ―如何にして明治・大正期の小説に用いられるようになったのか―
pdf論文PDF(1.4MB)
講評
佳作 ながさわ いつき
永澤 済
東京大学大学院
人文社会系研究科 助教
漢語「‐な」型形容詞の伸張 ―日本語への同化―
pdf論文PDF(21MB)
講評
佳作 やまもと のぶひろ
山元 宣宏
宮崎大学教育文化学部
専任講師
書体の命名に込められた企図 ―その成立と背景について―
pdf論文PDF(3MB)
講評

講 評

京都大学大学院人間・環境学研究科教授
財団法人 日本漢字能力検定協会 評議員
阿辻哲次

平成24年度漢検漢字文化研究奨励賞は厳正な審査の結果、受賞者が決定した。受賞された方々に対して心よりお祝いを申しあげたい。
この事業は、財団法人 日本漢字能力検定協会が主催する事業のひとつとして、わが国の歴史を通じて文化に深くかかわる漢字と日本語(国語)に関するすぐれた研究または評論・教育方法の開発などを顕彰し、研鑽をたたえ、その成果を世に広めるための制度としてはじまったもので、今回は第7回目にあたる。
かつては投稿論文がきわめて少なく、締め切りを延長して再募集せざるを得なかったという苦い経験もあったが、回数を重ねるにつれて、投稿される論文の数が増え、さらに何より嬉しいこととして、論文内容の質が格段に高くなってきた。今回も投稿数は17本に達し、ほとんどのものが、選考委員全員が研究水準の高さを実感する力作ばかりであった。最優秀賞に該当するものはなかったが、選考委員の一人をして「感動的な力作」とまでいわしめた論考もあった。
選に漏れた論考の中にも非常に興味深い論考があったが、結論と呼べる部分がこれまでの常識の範囲を出るものではなかったり、問題の設定におけるオリジナリティ性が希薄であったりという理由で、残念ながら受賞にいたらなかった。また昨年の講評においても触れたことであるが、日本語を学習する外国人、あるいは中国語を学習する日本人に対する漢字教育を通じての、学習過程で陥りやすい欠点などを考察する論考が数編あった。いずれも地道な教育実践と真摯な考察をふまえたものではあるが、しかし偶然的に発生する個別の現象を祖述するだけに終始しており、レポートの域を脱していない憾みがあった。これらについては、実践結果の一層の深い分析と、これからの漢字教育ののぞましい方向性の模索などが大いに期待される。
本奨励賞の存在が、特に大学院在籍中の若い研究者にかなり知られるようになって、論文の質がめざましくあがってきた。さらに研究者のみならず、検定試験を通じて漢字を学習してきた方々のあいだに広く認知され、学習ではなく研究という方向で、漢字とのつきあいを深めている方が着実に増えているように見うけられることは、審査にあたったものの一人としてまことに喜ばしい限りである。


優秀賞 田中 郁也
「『声類』・『韻集』の五音分類について」

韻書の嚆矢と云われる魏の李登『声類』や晋の呂静『韻集』は、宮商角徴羽の五音によって漢字を分類したものとされる。しかし「五音」とは何か、定説が無かった。当該論文は、五行占術の五姓法を用いた風水書(宋・王洙『地理新書』と敦煌出土「宅経図」)における姓氏の五音分類を音韻学的に分析し、その五音が後世の韻摂の概念と一致することを発見した。中古音の基準となる隋・陸法言『切韻』は編修の際に呂静『韻集』を用いたが、その『切韻』の韻序には五音との対応関係の痕跡が窺えるという。
故・小川環樹氏はかつて『漢書』「藝文志」の五行家に五音家が含まれることに注目し、音韻学と五行占術との密接な関係を喝破した。田中論文は文化史的な視野から小川説を実証するものとも言える。行間から発見の静かな喜びが立ち上がってくる好論文である。

(森博達)

優秀賞 澤崎 文
「『万葉集』の訓字主体表記に見える二種の仮名 ―表記環境による字母の違い―」

万葉仮名研究の歴史は古く、すでにさまざまな角度から多くの研究がなされている。本論文は、『万葉集』という一つの資料のなかで、同じ訓字主体表記を採る歌においても、仮名が書かれる環境によって異なる字母を選択することを指摘する。具体的には、サ・シ・ム・ヤの音節について、音仮名の間に現れやすい字母(佐・思・武・夜)と、正訓字の間に現れやすい字母(左・之・牟・也)のあることを明らかにし、その要因を誤読回避に求めているもので、説得力に富む手堅い論証と評価される。今後、ここに提示された「表記環境」という観点からさらなる発展が期待でき、将来有望な研究内容であると認められる。

(山本真吾)

佳作 賈 智
「『新訳華厳経音義私記』における字様の利用について」

仏経典である『新訳華厳経』(80巻本系)の注釈書である『新訳華厳経音義私記』の字体注に、科挙に関わる小学書である字様が利用された可能性を実証的に説く論文で、着眼点のユニークさと丁寧な論証の手法が評価された。『新訳華厳経音義私記』の字体注は、異体字や類形字などのよく似た字形を連接する等の特徴を認めることができるが、こういった特徴が『S.388字様』のそれと共通性の高いことからこの推論を導き出しており、妥当とすべきである。資料的な制約もあってまだ具体的にどの字様であるかが特定されておらず、その点をさらに究明したうえで、本書における字様利用の意義がどのようであったかを解明することが期待される。

(山本真吾)

佳作 張 鈴
「orient、東洋(とうよう)と東方(ドンファン)―orientという語の訳語から日中両国の自己のあり方を探る―」

中国を中心とする東アジア世界は、かつて長期にわたって完結した世界を維持していたが、産業革命を経た西洋社会が中国に進出し、異なった文明が接触し、政治・外交・文化などさまざまな領域で積極的な交流が進められてきた。このような西洋から東洋への注目が発展するにつれて、漢字と漢語にも新しい様相が展開されてきた。「東洋」とか「東方」ということばは、東アジアが西洋社会と接触するまではほとんど存在しないことばであったが、その「東洋」と「東方」は初期のあいだにはしばしば「似て非なる意味」で使われることもあった。本論文は、英語orientの訳語として「東洋」と「東方」が定着する経緯を通じて日中両国間に介在する認識の相違を比較文化・比較思想的に考察することを目指したもので、詳細な用例の分析をふまえて日中両国のアイデンティティを浮き彫りにした。領土問題などに関して両国の認識の差異が議論される現代における有意義な研究であるといえよう。

(阿辻哲次)

佳作 富田 美乃里
「「盡頭」「盡處」考 ―如何にして明治・大正期の小説に用いられるようになったのか―」

本稿は、「はづれ(はずれ)」という傍訓を伴う「盡頭(尽頭)」「盡處(尽処)」がどのような歴史的経過をたどって明治・大正期の幸田露伴や森鷗外などの小説類に用いられるようになったのかを追究した論考である。それらの語の現れる禅宗や朱子学関連の学問書よりも、白話小説の用語が唐話学者・読本作者を経由し、意味の限定を伴いながら日本語に流入したと見るものであり、日本語における漢語の受容と変容の展開を具体的に解明しようとした意欲的な作である。いくつかのデータベース類による検索結果が根拠となっている箇所があるが、そこにとどまらずさらに先行研究をより多く踏まえつつ個別の文献へと踏み込み、またより一般性の高い表記や語に対しても調査対象を広げるなど、今後のさらなる研究の進展が期待されるものである。

(笹原宏之)

佳作 永澤 済
「漢語「‐な」型形容詞の伸張 ―日本語への同化―」

本稿は、「盛大の」のように漢語が助詞「の」を伴って連体修飾をする用法などが「盛大な」のようにもとは和語の形容詞化接辞「な」を加えた語(学校文法でいう形容動詞)へと次第に変わってきた推移を、漢語が日本語に同化を進めた現象として位置づけ、それが雑誌『太陽』においては1917年から25年にかけて飛躍的に増加したことを数値をもって明らかにした堅実な論考である。それが「重大さ」のような名詞化接辞「さ」の使用の増加と時代的にも並行する現象としてとらえられることも、同じくそのコーパスを活用することで解明している。この雑誌における転換点が、広く日本語全体の歴史や位相、文体、慣用句、造語法の中でどういう位置を占めるといえるのかなど、今後の史的研究の着実なさらなる進展が期待できるものである。

(笹原宏之)

佳作 山元 宣宏
「書体の命名に込められた企図 ―その成立と背景について―」

「篆書」とか「隷書」という書体の名称は、とりわけ書道芸術に従事する人にとってはきわめて縁の深いものであるが、同時に学校教育を通じてほとんどの日本人にもなじまれている名前であり、近年では電子機器において漢字を表示・印刷するためのツールにも登場しているが、しかしそれがいつごろに、どのようにして成立したものであるかはほとんど知られていない。書体の成立経緯と名称の由来については『漢書』藝文志(小学)や『説文解字』序など中国文字学上の最重要資料に見える記述に基づくのが定番的な研究方法であったが、本論考ではそこに近年出土の考古学的資料を導入して周到な分析を加えた。本論考がもつ最大のオリジナリティはそこにあり、同時代資料によって漢代の社会と学術文化を総合的に考察することを通じて、漢字文化上での大テーマの一つを解明しようと取り組んだ意欲的な姿勢が評価された。

(阿辻哲次)

平成24年度 実施概要

趣旨

漢字研究、漢字に関わる日本語研究、漢字教育など、広く漢字文化に関わる分野における優れた学術的研究・調査等に対して、その功績をたたえ社会全体に広く公表していく制度です。
将来一層発展することが有望視される、若い世代の清新な学究の優れた研究論文を選考し、更なる深化を奨励するため、懸賞論文形式の「漢検漢字文化研究奨励賞」を設定します。

奨励対象

◆漢字研究または漢字に関わる日本語研究。
※漢字に関わる研究を広く対象とする。

◆将来、一層の研究、調査の深化、発展が期待できる若い世代の研究(者)であること。

◆応募者本人が日本語で作成し、48,000字以下の分量であること。
(ただし、図表、註、参考文献、引用文献は字数に入れない)

◆既に他に公表した論文(過去3年以内)も対象とする。

  • ※平成21年4月1日以降に提出または刊行した著書を対象とする。
  • ※著書は、論文が元になったものを対象とする。
  • ※他で受賞した論文は対象外とする。

選考委員

阿辻哲次 京都大学大学院人間・環境学研究科教授

笹原宏之 早稲田大学社会科学総合学術院教授

森 博達 京都産業大学外国語学部中国語学科教授

山本真吾 白百合女子大学文学部国語国文学科教授   (五十音順)

表彰

正  賞・・・・・・・・・・・ 表彰状授与

副  賞・・・・・・・・・・・ 奨励金支給

  1. 漢検漢字文化研究奨励賞 最優秀賞 100万円
  2. 漢検漢字文化研究奨励賞 優 秀 賞  50万円
  3. 漢検漢字文化研究奨励賞 佳   作  30万円

※但し、該当なしの場合もある。

授賞式 平成25年3月下旬(詳細は後日案内)

応募について

  1. 応募資格・条件
    応募締切日現在で45歳未満である方。
    共同執筆の場合は、すべての執筆者が45歳未満であること。
    共同執筆の場合は、それぞれの執筆分担を論文中に明記すること。

    ※主として、学校等教育・研究機関の教員、研究者、大学院在籍者、教育委員会等の教育行政に携わっている方を想定しております。

  2. 応募方法(自由応募)
    以下の3点を揃え、応募締切までに郵便もしくは宅配でお送りください。
    1. excel『応募用紙』(当協会所定のもの/190KB)

      ※共同執筆の場合は執筆代表者のみ当協会所定のものを提出してください。
      他の執筆者は別紙(書式自由)に応募用紙相当の事項を記入し提出してください。

    2. excel『応募論文の概要』(当協会所定のもの/32KB)
    3. 『応募論文』
      応募論文は次のいずれかの形式でご提出ください。
      1. ワープロ等で作成し、印刷出力したもの
      2. ワード・一太郎仕様のデータFDまたはCD-ROM
      論文の1ページあたりの字数は、1行40字×40行の1,600字にあわせてください。
      (図表、脚注、参考文献、引用文献はこの限りではありません)

      ※応募書類一式は返却出来ませんので、予めコピーを取りの上、ご提出ください。

  3. 応募締切日
    平成24年10月31日(水)(消印有効)

選考と結果通知

◆当協会選考委員会による選考。
 結果通知...平成24年12月下旬

◆当選作は当協会刊『漢字文化研究』(旧『漢字教育研究』)に掲載するとともに、当協会ホームページで公表します。

◆選考結果は封書にて連絡。

応募先および問い合わせ先

〒600-8585 京都市下京区烏丸通松原下る五条烏丸町398
財団法人 日本漢字能力検定協会『漢検漢字文化研究奨励賞』係
TEL 0120-509-315(無料)(お問い合わせ時間 月~金 9:00~17:00 祝日・年末年始を除く)
FAX 075-352-8310

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