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私の好きな漢字と漢検 vol.5(後編)美しさと知恵もそのままに遥かなる時を超え読み解ける漢字 金田一秀穂さん

 前回、漢字の持つ役割と魅力を存分に語っていただいた金田一先生。今回は、我々日本人にとって幸運な、時空を超えた漢字の役割。さらに、「書くこと」「話すこと」に共通する言語変換能力、そこに必要となる語彙力の重要性について、貴重なお話を伺いました。

金田一秀穂(きんだいち ひでほ)さん 1953年、東京生まれ。言語学者である金田一京助を祖父に、国語学者である金田一春彦を父に持つ。上智大学心理学科を卒業後、東京外国語大学大学院の博士課程を修了。中国やアメリカで日本語を教え、後にハーバード大学客員研究員を経て、現在は杏林大学の外国語教授として教鞭を執る。また、東南アジア諸国でも日本語教育を熱心に行っている。ユニークな発想と語り口がお茶の間でも愛され、メディアへの露出も多い。

2千年以上前の原書がそのまま読める幸せ

 漢字の役割、3つ目は「遥か昔に書かれた漢字を読み解けるということ」です。ご存知の通り、漢字は中国からやって来ました。孔子や司馬遷が2千年以上前に書いた原書を、漢字を知る私たちはそのまま理解することができるんです。これは本当にすごいことであり、とても幸せなことだよね。偉大なる過去の知恵も、杜甫や李白などの美しい言葉もそのまま理解できるんだから。
 例えば、古代ギリシャ語で書かれたソクラテスの原書やキリストが古代ヘブライ語で書いたマタイ伝、ヨハネ伝などを理解するのは極めて難しい。また、ブッダの古代サンスクリット語がわかるインド人もとても少ないと思います。
 杜甫の『春望』という有名な漢詩に「国破れて山河あり 城春にして草木深し」という一文があります。松尾芭蕉が平泉へ行った時に詠んだ「夏草や兵どもが夢の跡」という俳句は、杜甫のこの『春望』をベースに書いた俳句だと言われています。“戦乱で国が破れても、自然は変わらない姿でそこに在る”と同じ意味で、“夏草は深いままだが、人生は無常だ”というのが一般的な解釈。でも諸説では、前出の説は杜甫に対する芭蕉なりの深い礼儀のある挨拶であり、実は、“夏草も川も山も時々でその姿を変える。でも変わらないものがひとつだけある。それは言葉だ”という解釈もあるんです。もちろん言葉には漢字も含まれます。それだけ漢字というものは普遍的なものだということですね。

語彙力を持つと表現の幅が無限に広がる

 そんな漢字というものは、一字で意味を成します。例えば「はかる」と書く時、「計る」「測る」「図る」「量る」なのか、漢字の意味を知らないと書けないよね。意味を知ることが重要だし、おもしろい。昨今、「子どもたちの作文力が低下した」と耳にしますが、作文力というのは、言語変換能力とも言えます。意味を理解し、正しく変換できるかどうか。そして、その結果は書き文字だけでなく音声言語にも成り得ます。日本は書き文字を重視する傾向にありますが、海外はスピーチ力で聴衆を大いに盛り上げることに注力する国もあります。言葉を使って話すことは民主主義の基本にあるべきこと。音声言語を使う議論やスピーチもとても大切ですね。
 とはいえ、自分が感じた感覚、想いをどこまで正確に言葉に変換できるかという点では、音声言語も書き文字も同じです。だからこそ語彙力を高めることがとても大切。漢字の意味を知ると、理解語彙が増え、自然と使用語彙に変換していくようになり、さまざまな表現ができるようになります。それはデジタルカメラの画素数が増えることと同じ。美しくなるかどうかは別として、扱う言葉がより正確に鮮明になるよね。
 以前、谷川俊太郎さんとお話ししたことがありました。これまで数多くの翻訳をされていることもあるので、「谷川先生は語彙が多いですね」と僕が言うと、「語彙は、量ではなく質だと思っているよ」とおっしゃったことを印象深く覚えています。谷川さんはいつだって平たい日本語で多くの人の心を掴みます。彼が言う「好き」や「本当のことを言おうか」なんて、なにも難しい言葉じゃないのに圧倒される。もちろん、谷川さんの場合は豊富な語彙があってこそ質が伴います。だから、僕らはいっぱい語彙を覚えて、その中から厳選して自分の言葉を使っていきたいよね。

英語と異なる日本語の表現方法

僕は、「日本語は書くのは難しいけど、話すのは簡単だよ」と言っています。日本語の発音が101しかないのに対し、英語は3万まで現在確認されていて、まだ増えるみたい。まず「R」「L」でつまずくぐらい、日本人にとって英語の発音は難しいよね。また、英語と日本語の表現の違いを一例挙げると、「コップがある」、と現状そのままを表現するのが英語であり、「コップが置いてある」と、そうなった状況までも伝えて表現するのが日本語の特徴かな。

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