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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

ヤマハ株式会社

梅村 充 氏

代表取締役社長 梅村 充 氏

1951年生まれ。1975年東京大学文学部西洋史専修課程卒業後、同年日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)に入社。2000年ヤマハコーポレーションオブアメリカ取締役社長を務めた後、2001年ヤマハ株式会社執行役員、楽器事業本部長、常務取締役等を歴任。2007年より現職。

1.社会で一番求められるのは「コミュニケーション力」

 私が縁あってヤマハに入社し、社会人として30年以上もの日々を送る中で、最も大切だと感じる社会人的資質は「コミュニケーション力」です。個人の才能の最大化に挑戦するアーティストとは異なり、一般社会で働く人々には、社内の仲間や外部のパートナーなど、様々な人とコミュニケーションをとりながら仕事を進めていく能力が求められます。この資質に欠けた人は、仲間と意思の疎通が図れず、仕事やプロジェクトを大きくしていくことができません。

2.「コミュニケーション力」を支える二つの「基礎学力」

梅村 充 氏 では、「コミュニケーション力」を高めるためには、どうすればよいのでしょうか。まずは、以下に挙げる二つの「基礎学力」を社会に出るまでにきちんと身につけておくことが大切だと私は考えます。

(1) 母国語の活用力
 一つ目は、「母国語の活用力」です。日本人であれば日本語力を、帰国子女などは育った国の言語力を磨くことが、「コミュニケーション力」を高める上では欠かせません。日本人の場合は、単に漢字や熟語を暗記するだけでなく、その背景にある成り立ちや文化を読み取っていくことが大切です。漢字や熟語には東洋や日本の思想・価値観・文化が凝縮されており、その背景を理解しておくことで、会話にも深みが出てくるのです。

(2) 相手を思いやる気持ち
 もう一つは、相手に対する「思いやり」です。対話は、「相手は何を考えているだろうか」と、常に相手の立場・状況を思いやりながら行うべきもので、自分の都合・視点だけで話しても、その言葉は相手に通じず、心にも響きません。相手に「思いやり」の気持を持つことは、「コミュニケーション力」を高め、仕事を円滑に進めることにもつながるのです。

3.「基礎学力」を高めるための社会的課題

 「コミュニケーション力」はどのような企業、どのような仕事でも不可欠ですが、最近の若い人たちの中には、「人と対話するのが苦手」という人が少なくありません。学校教育にも原因があるとは思いますが、私はそれ以上に家庭教育のあり方に起因するのではないかと考えています。
 「思いやり」に関して言えば、私は幼少の頃、父親から事あるごとに「どんな時も、人には誠意を持って接しなさい」「人を騙してはダメ」と諭されながら育ちました。人と話をする時は、相手の状況を思いやり、相手の立場に立って話す――そんな私自身の心掛けは、幼少期に両親からたたき込まれたものだと思います。こうしたスタンスは海外勤務の時代も貫きましたが、多くのパートナーから信頼を得て、成果を上げることができました。「誠実であること」は、国内外を問わない普遍的な価値なのです。

 各家庭が、様々ある大切な価値観を子どもに伝えることで、人と対話する力が育まれ、社会で活躍できる人材へと巣立っていくのではないかと考えます。ですが、現代では共働きの家庭も増え、保護者が子供と接する時間が減り、これらの価値観をきちんと伝える余裕が無くなってきているのではないでしょうか。これは、社会構造の変化に伴う社会的課題であると考えています。

4.商品開発に必要な「美しさ」へのこだわり

 もう一つ、特にモノづくりに携わる人間に身につけてきて欲しい資質があります。それは「美しさ」へのこだわりです。
  ヤマハという会社が持つ強さの一つは、多くの社員が音楽を愛し、楽器づくりに情熱を持っている点です。「音源LSI」などの最先端技術も、エンジニアが「美しい音楽」や「美しい音」を追求する心を持っていたからこそ、開発できたのだと思います。それはどのような会社、どのような業種でも同じで、自動車にせよ、電化製品にせよ、日用品にせよ、「美しさ」に対する執着心があるからこそ、消費者に受け入れられるヒット商品を生み出すことができるのです。
 そうした「美的センス」を磨くためには、どうすればよいのでしょうか。私は、一流と呼ばれる作品に数多く触れることが大切だと考えます。ここで言う「一流の作品」とは、例えば歴史的な「名画」や「名曲」などの古典が挙げられます。こうした作品を繰り返し見たり、聞いたり、弾いたりすることで「美的センス」は磨かれ、「美しい音」や商品を生み出そうというエネルギーが生まれるのです。

 今、世の中には無数のアートやデザイン、音楽などが溢れ、子どもたちにとっては「美しさとは何か」が分かりづらくなっています。その意味でも、学校や家庭は可能な限り子どもたちを観賞教室に参加させるなどして、高品質の芸術作品に数多く触れさせてほしいと思います。

5.基礎基本は「発達段階に応じて」「じっくり」と教える

 基礎基本を教える上で注意したいのは、「発達段階に即して」「じっくり」と学ばせることです。先を急いで無理に教え込もうとすると、きちんとした土台が築かれず、後の成長を阻害することになりかねません。

 私たちは、1954年に「ヤマハ音楽教室」を開き、現在では全国約4800ヵ所で40万人ものお子さんにご参加いただいています。中心のメニュー幼児科の入会対象は4歳からです。「4歳」と設定しているのは、子どもの「耳」「身体」「心」の発達を科学的に分析して、音楽的美的センスを身につける上で、この時期が最も相応しいからです。

 また、4歳で入会されたお子さんへの指導は、楽器を弾くよりも、「聞くこと」や「感じること」に重点を置きます。これは「音感」や「リズム感」、あるいは「美しい音とは何か」などの音楽的土台を築くためで、最近よく聞かれる「絶対音感」なども、この時期に身につけておけば、一生失うことはありません。

 一方で、こうした学習方法については、「なかなか成果が見えてこない」などの声が、保護者の方から寄せられます。確かに、親御さんとしては早く楽器が弾けるようになったり、歌が上手になったりしてほしいのだと思います。しかし、基礎基本を蔑ろにして先に進むと、どこかで成長が頭打ちになります。これは「読み書き」「計算」などにも言えることで、基礎基本をいい加減にすると、せっかくの才能を潰してしまうことになりかねません。

 最近は教育もビジネスもすぐに結果を求める風潮があります。しかし、結果を急ぐあまり、基礎基本を軽視して応用に走ると、後々痛い目にあいます。私たち日本人は、元来、辛抱強く"じっくり"取り組むことを得意としてきたはずです。学校や家庭を中心に、そうした価値観を再認識する必要があるのではないでしょうか。

6.弊社が求める人物像とは

 どのような企業、どのような職場でも求められる素養として「コミュニケーション力」があり、その土台となる「言語力」と「思いやり」は、社会に出るまでに必ず身につけてほしいと思います。そうした「基礎学力」の上に、弊社では次に挙げる三つの能力を積み重ねてきた人を求めています。

(1) 自己を高め続けられる人

 弊社が求める人物像の一つ目は、「自己を高め続けられる人」です。自己を高めるためには、まず「自分の立ち位置」を冷静に見極める必要がありますが、残念ながら最近はこれが不足し、自分の能力を過大評価する人が少なくありません。そうした人は、自己を切磋琢磨しようとする意欲に欠け、変化のめまぐるしい競争社会の中で活躍できません。

 自己を客観視する力を養う上でも、人とのコミュニケーションは重要です。前述したように、人との対話は相手の立場や状況を理解しながら進める営為で、これを繰り返すことで、人は自分の立ち位置を理解していくのです。

(2) 殻を破れる人

 弊社が求める人物像の二つ目は「殻を破れる人」です。昨今は経済の変化もめまぐるしく、企業には不断の改革が求められています。そうした時代にこそ、既存の枠にとらわれない、創造性豊かな発想が必要なのです。

 「枠にとらわれない発想」を生むためには何が必要なのでしょうか。「天才的なひらめき」と言う人がいるかもしれませんが、私はそう思いません。大切なのは、過去や歴史に学ぼうとする地道な姿勢です。矛盾するようですが、歴史という連続性のある営みを知ってこそ、非連続的でドラスティックな発想は生まれるのです。

(3)挑戦し続ける意欲と前向きな思考を持った人

 殻を破るためには、「挑戦し続ける意欲」も不可欠です。しかし、最近では失敗に弱く、一度挫折を味わうと立ち直れないタイプの人が増えています。失敗にくじけず、チャレンジする気持ちを持続させるためには、どうすればよいのでしょうか。

 私はまず、「これだけは誰にも負けない」という得意領域を作るのがよいと思います。高い専門性は自らの「自信」となり、失敗や挫折に直面した時に、そこに立ち返ってやり直すこともできます。

 前向きな思考、「ポジティブシンキング」も欠かせません。これは、小さな「成功体験」の積み重ねによって築かれるもので、家庭でも「褒めて育てる」ことの大切さを認識し、そうした機会を意図的に作ってあげるべきだと思います。

 全ての人が「思いやり」と「言語力」に根差した「コミュニケーション力」を持ち、さらに高い挑戦意欲を持って新たな価値を生んでいける人が増えれば、豊かで明るい社会を築くことができるのではないでしょうか。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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