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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

味の素株式会社

山口 範雄 氏

代表取締役社長 最高経営責任者 山口 範雄 氏

1943年生まれ。1967年東京大学文学部社会学科卒業後、同年味の素株式会社に入社し、人事部に配属。その後、冷凍食品部課長、調味料部副部長、ギフト事業部副部長、取締役食品事業本部冷凍食品部長、味の素冷凍食品株式会社副社長、代表取締役専務執行役員 コーポレートCSR推進本部長、等を歴任後、2005年より現職。

1.当社が求める人材像「味の素人材バリュー」

 当社では、味の素グループ従業員に期待する行動指針、求める人材像、価値基準を表すものとして、2003年に3つの「味の素人材バリュー」を制定しました。

  1. あなたにしか、つくれないものがある。 -独創性の重視-
  2. あなたのお客さまは、世界中にいる。 -地球規模の発想-
  3. あなたには、いっしょに働く仲間がいる。 -共に働く喜び-

この3つの要素を兼ね備えた人材を当社は求めています。また、入社後もこの人材バリューを受け止めて、実力を高め、成果を追及し続けてくれるよう要望しています。

2.「創造性」「独創性」はいわば味の素のDNA

 1908年、東京帝国大学の池田菊苗博士が世界で初めて、アミノ酸の一種であるグルタミン酸が昆布のうま味成分であると突き止め、1909年、それをうま味調味料として世の中に送り出したのが当社の始まりです。それまでは一般的に、人間の感じることができる味覚は「甘い・塩っぱい・苦い・酸っぱい」の「四味」と言われていました。ですが、グルタミン酸の味は、このどれにも当てはまりません。これこそ、五つめの味「うま味」の発見でした。つまり、新技術による新たな味を呈する物質の発見という「創造性」「独創性」こそが、当社の起源となっているのです。
 製品そのものの「創造性」「独創性」に加えて、当社の創業者である鈴木三郎助が打ち立てたビジネスモデルも非常に「創造性」「独創性」に富んだものでした。「グルタミン酸という分子構造式で表せる物質を、調味料のひとつとして食卓の上に位置づける」という、新たな概念を打ち立てたのです。それまでに食卓上にあったもので単一の分子構造式で表せたものと言えば、塩と砂糖くらいのものでしたから、その発想の斬新さを理解していただけるでしょう。新たなビジネスモデルによる事業化という「創造性」「独創性」もまた、当社のもうひとつの起源なのです。

 その「うま味」のもとが、アミノ酸の一種であるグルタミン酸であったことは、当社にとって幸運でした。グルタミン酸の「うま味」は、昆布以外でも母乳・チーズ・アンチョビ・完熟トマト等にも多く含まれており、世界中の人々が共通して「おいしい」と感じるものには、ほぼグルタミン酸というアミノ酸が含まれていたからです。また、人間の体の約60%は水でできており、その残りの約半分である20%がたんぱく質であり、そのたんぱく質を構成するのがアミノ酸であることも重要な点です。アミノ酸は、人間が生きていく上で決して欠かすことのできない、非常に重要な役割を担っていたわけです。世界中の全ての人にとっておいしいだけでなく、体にとって大切なアミノ酸。当社は、このアミノ酸の領域での「創造性」「独創性」にこだわり、探求の精神を大切にし続けることで、不断の成長を遂げてきたのです。
 当社の独創的な商品をいくつかご紹介しましょう。昆布に代表される植物系のだしの「うま味」の正体はグルタミン酸ですが、肉類から出る動物系のだしの「うま味」の正体はイノシン酸です。そこで、グルタミン酸とイノシン酸を最も効果的に配合した、究極の合わせだしとして発売された商品が「ハイミー®」です。また、アミノ酸から出来ているアスパルテームという成分が、糖類ではないにも関わらず甘味があることも発見されました。そこで、アスパルテームで作った低カロリー甘味料「パルスイート®」も商品化しています。
 これらの「創造性」「独創性」こそが、創業100年目を迎える当社を支えてきた根幹であると同時に、今後の100年間を創り上げていく根幹でもあるのです。

 この「創造性」「独創性」の土台として欠かせないのが「基礎学力」であると考えます。不毛の砂漠では植物が育たないのと同様に、何も無いところから「創造性」「独創性」は生まれません。それは、肥沃な大地、すなわち、多くの知に満たされた広い裾野からのみ芽吹くと考えます。ですから、「創造性」「独創性」を発揮するためには、できるだけ幅広い分野のことを学んでおく必要があるのです。とはいえ、数多の知を自分の経験のみによって身につけることは、生身の人間には不可能なことです。ですが、ありがたいことに私達は、人類の何千年にも渡る蓄積から学ぶことができます。ある物質が毒か、薬か、その都度飲んで確認しなければならないとすれば、こんな大変なことはありませんが、蓄積された知を紐解けば、それを容易に知ることができるというわけです。
 「創造性」「独創性」の土台となる「基礎学力」とは、「人類が積み重ねてきた知識・認識・思考の集積の理解と把握である」と言うことができると思います。具体的には、言語、論理思考の方法、表現方法(言葉、音楽、絵画、等)などがその代表例と言えるでしょう。それらが創造力の源泉となり、人間の幅を広げるのです。また、学校で学ぶ教科全般も当然これにあたります。国語も、数学も、理科も、全ては思考力と表現力の訓練であると考えます。

3.「地球規模の発想」も味の素100年の伝統

山口 範雄 氏 「味の素®」を事業化した翌年である1910年には、早くも台湾や朝鮮半島で販売を開始していました。また、1917年にはニューヨークに事務所を開設し、直販事業を展開しています。日本の食品メーカーの海外進出としては、異例の早さであったと思います。当社には創業当初から、常に地球規模で大局的に考えようとする企業姿勢がありました。シンプルに言えば、「おいしいものは世界中の人が待っている」という信念を持っていたのです。「地球規模の発想」は、当社にとっては一世紀近く続いてきた伝統なのです。

 この「地球規模の発想」を支える能力をひと言で言えば、「多様性を認識し尊重する力」だと思います。まずは、日本人と呼ばれる約1億3千万人の人々が持っている価値観・文化観・論理の筋道が、世界約66億人の標準ではないことを、なるべく早いうちに理解する必要があると考えます。多様性の存在を認識し、お互いに尊重し合えなければなりません。もちろん、自国の価値観・文化観・論理の筋道を知り、それに一定の誇りを持っていることは必要ですが、相手の国や地域には、それぞれが正しいと信じ誇りを持っている価値観・文化観・論理の筋道があることを理解していることも必須なのです。自分の理屈と相手の理屈は、同じ重さだということを肝に銘じておかなくてはなりません。
 日本や世界の言語・民族・文化・歴史への理解を持つことは、普遍性と個別性へのより深い理解を生み、グローバル・センスを磨く基礎となります。大切なのは、文化や歴史を理解するということは、単に年表や年代などを暗記することではないということです。本物の「基礎学力」が身についているかが問われます。

 また、相手と自国の違いを認識することによって、はじめて「自分達は何者なのか」という日本(人)のポジションを知ることができると思います。お互いの違いを認め合うことなく、排他的な行動を取ると、かえって自分のポジションを見失ってしまうことが多々あります。多様性を理解することによって、互いの共通点と相違点が浮き彫りになり、人類にとって普遍的なことと、民族や地域などによって個別性の高いことを峻別できるようになるのです。例えば、日本は多神教の国であり、欧米諸国に多い一神教の国とは価値観が異なる部分も多々あるようです。一方で、祖先を敬ったり、自然に感謝したり畏怖したりするという価値観は共通であり、人類にとって普遍的な要素だと思います。
 普遍性と個別性を理解するということについて、当社の商品で例を挙げてみましょう。当社の「ほんだし®」という商品は、かつおだしの味・風味を凝縮したもので、顆粒状でさっとお湯に溶ける手軽感が特徴です。ところが、世界各地に目を移すと、かつお等魚類のだしを好む地域、昆布だしを好む地域、ビーフ等の肉類のだしを好む地域といった具合に、味の好みについては個別性が高いのです。一方で、「顆粒状で入れやすく溶けやすい便利なものが良い」という使い勝手に対する要望は、万国共通で普遍性が高いというわけです。当社は使い勝手を兼ね備えながら、それぞれの国の嗜好に応じた調味料商品を、アジア・南米など海外でも展開しています。

4.挑戦を続ける味の素では「共に働く喜び」が不可欠

 探求の精神を持ちながら、「創造性」「独創性」にこだわり続けるというのは、口で言うのは簡単ですが並大抵なことではありません。それと同時に、当社は「世界規模の発想」を持ち、世界中の侮りがたい競争相手と熾烈な競争を繰り広げてもいます。この二つを実行し、果敢に挑戦し続ける時、目の前には常に大きな困難が立ちはだかります。そして、どんなに優秀な人材であっても、一人で困難な挑戦をし続けることはできないでしょう。一人の人間に成し遂げられることには限界があります。意欲と能力の高い人達が共に力を合わせて目標に向かうことによって、はじめて大きな困難を乗り越えることができると考えます。当社の従業員は、味の素グループの一員として、仲間と「共に働く喜び」を分かち合いながら、挑戦を続けているのです。

 この「共に働く喜び」を分かち合うために、若いうちにぜひとも体験しておいて欲しいことがあります。それは、誇り高き仲間たちと共通の目標を掲げ、困難を乗り切ってその大事を成し遂げたという体験です。一般的にはスポーツ系の部活動などの体験が想起されると思いますが、必ずしも体育会系である必要はないでしょう。例えば、文化部でのコンクール入賞、皆で協力して創り上げた壮大な作品の完成など、何でも構わないと思います。ただし、チーム全員で誇りを持って真剣に高い目標に挑戦した体験であることが欠かせないと思います。

5.高みへの最短距離

 有史以来でも、人類にはおよそ2000年分の「知の集積」があります。頭と心が柔らかい人生の初期約20年を、これらの「知の蓄積」からの習得に割くことは、理に適っているのではないでしょうか。学校の各段階で学ぶべき内容は、幅広く習得していくという姿勢を持って欲しいと思います。それは、人類だけの、しかも若い時だけの特権なのですから。やるべき時にやる、当たり前のことを当たり前にやる、それが大切だと考えます。もちろん勉強だけではなく、同時に体を鍛えることも重要でしょう。
 精神の柔軟な時に思考の訓練を重ね、頭脳の吸収力がある時に人智を学び、肉体の成長期に鍛錬すること -それが、高みへの最短距離であることを忘れないで欲しいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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