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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

日産自動車株式会社

小枝 至 氏

相談役名誉会長 小枝 至 氏

1941年生まれ。1965年東京大学工学部機械工学科卒業後、同年日産自動車株式会社入社。第三技術部次長、村山工場工務部長を歴任後、1990年より英国日産自動車製造会社に出向。1993 日産自動車株式会社取締役に就任。常務取締役、副社長を経て、2003年より共同会長に就任。

1.国際化時代における「日本企業」とは

 国際化時代における「日本企業」とは、一体どのような存在を指すのでしょうか。
 日産車をご購入頂いているお客様の80%以上は、海外のお客様です。製造工場やグループ各社は世界中に広がっており、世界におよそ22万人居る従業員のうち、日本人は半分以下しか居ません。当社の役員会メンバーの国籍は6カ国に渡り、さらには、社長であるカルロス・ゴーンはブラジルとフランスの2つの国籍を持っています。株主の方々の国籍も様々であり、決して日本人が多いわけではありません。
 これらのデータだけを見れば、一体どこの国の企業なのかと思われるかもしれません。しかし、当社は確固たる「日本の自動車メーカー」であり、日本企業としてのブランドが、北米・欧州はもとより中国やロシアにおいても、支持を集め、世界中の方々にご購入頂いているのです。
 では、世界中の人々は何を持って当社を「日本企業」と規定しているのでしょうか。私は、日本人のアイデンティティに深く根ざしている企業、即ち「日本というカルチュラル・バックグラウンド(文化背景)を持つ企業」であるからこそ、「日本企業」と認められているのではないかと考えています。当社にとって、この「日本企業」であるというアイデンティティそのものが、最大の強みであると自負しています。いかに国際化が進もうとも、「日本人としてのカルチュラル・バックグラウンド」だけは、決して失ってはいけないものなのです。

2.国際化時代だからこそ問われる日本人としての「基礎学力」とは

 国際的「日本企業」で働く「日本人」だからこそ、特に強く求められる「基礎学力」があると考えています。それは主に次の2つです。

(1)「日本人としてのカルチュラル・バックグラウンド(文化背景)」を支える「基礎学力」
 繰り返しますが、まず何をおいても「日本人としてのカルチュラル・バックグラウンド」を体得しておくことが絶対に必要です。企業が持つアイデンティティは、従業員一人ひとりのそれが集積しているものに他なりません。多国籍の人々が共に働く国際的「日本企業」だからこそ、そこに属する「日本人」には、より強いアイデンティティが求められるのです。
 そして、この「カルチュラル・バックグラウンド」を支えるのが、日本人としての「基礎学力」であることは論を待ちません。日本語の読み書き能力や漢字の活用力はもちろん、日本の歴史や地理などを学ぶことなくして、「カルチュラル・バックグラウンド」を培うことは不可能です。幼少期から初等・中等教育時代を通じて、最優先で徹底的に鍛え上げるべき領域だと思います。
 ちなみに、ゴーンの母国であるフランスでは、小学校3年生頃までは国語と算数を重視し、その2教科の成績が進級に大きく影響するのだそうです。大事なことから先に教え始め、確実に定着させる、という優先順位付け(劣後順位付け)に関して、日本社会も真剣に考える必要があるかもしれません。

(2)「ダイバーシティ(多様性)」を受容できるための「基礎教養」
 先述した通り、当社は従業員もお客様も非常に多くの国籍の方が存在し、生活習慣や宗教観、経済的価値観、経済的状況も千差万別です。また、同じ日本人同士であっても一人ひとりの個性は異なります。性別、国籍、文化、地域、年齢、学歴、キャリア、ライフスタイルなどさまざまな背景からなる個々人の考え方や価値観は、まさに多様です。当社は、こうした「ダイバーシティ(多様性)」が会社の強みになると信じています。なぜなら、いろいろな考え方を持つ人たちが、多様な意見を出し合い、ぶつかりながら模索するほうが、はるかに発展的・創造的なアイデアが生まれるからです。
 多様な人々と日々コミュニケーション(対話)を行い、相互理解を図りながら仕事を進めていくために欠くことが出来ないのが、「ダイバーシティ」を受容できる力です。この力が不足すると、例えば毎日定刻に祈りを捧げる同僚を理解し、協働することはできないでしょう。当社では、個人の多様性だけではなく、仕事における機能面(部署・部門)や専門領域を超えて活動する、クロスファンクショナル活動も推進しています。「ダイバーシティ受容力」の不足している人は、当社での活躍は難しいでしょう。
 この「ダイバーシティ受容力」を支えているのが「基礎教養」即ち、日本に限らず世界の歴史や文化に関する基本的な理解であることは言うまでもありません。そして、世界の歴史や文化を正しく理解するためには、まずは「日本独自の文化・歴史・言語に精通し、独自の文化尺度を持っていること」が必須条件となります。自国の文化に対する価値尺度を持たずして、相手の文化や価値は理解できません。それは、メジャーを持たずに物の長さを測ろうとするようなものです。

3.国際化時代に問われる「英語力」とは

小枝 至 氏 当社では、役員会はもちろん、社内の重要な会議の多くは「英語」という世界共通語によって行われています。ですから、当社の社員には意志伝達ツールとしての「英語力」が必要になります。とはいえ、「英語さえ身につけておけば大丈夫」というわけではありません。
 日本人としてのグローバルコミュニケーション力を構成する要素を考えると、「(1)日本人として日本語を基礎としたコミュニケーション能力と感性」「(2)意志伝達ツールとしての英語力」が挙げられます。

 もちろん、(1)(2)両方の能力が備わっている人財が最も望ましいことは言うまでもありませんが、望ましいのは、(1)を備えている人財です。なぜならば、(2)に関しては社会人になった後で、外国人の前で話す勇気さえあれば、いくらでも上達できるからです。さらに言えば、英語圏の外国人は日本人が陥りがちな間違いを良く理解してくれています。例えば「Don’t you know?」という問いに対して、「知らない」ならば「No I don’t」ですが、日本人は日本語の文法上「Yes, I do」と答えがちです。しかし、英語圏の人たちはそのようなことは織り込み済みで会話してくれますので、心配は要りません。ところが、(1)に関しては、社会に出てからの付け焼刃では身につけることができません。幼少期から初中等教育、大学を含めた長い年月をかけて、じっくり涵養する以外にないのです。
 それでは、(2)のみ備えている人財と(1)(2)いずれも備えていない人財とを比べた場合はどうでしょうか。(2)のみ備えている人財は一番厄介です。なぜならば、(1)(2)いずれも備えていない人財は、益ももたらさないかわりに害をもたらすこともありませんが、(2)のみ備えていて(1)を備えていない人財は、英語がしゃべれることによって、むしろ害をもたらす場合もあるからです。

4.グローバル企業 日産自動車 が求める「基礎能力」

 当社が社員に求める「基礎能力」は、主に以下の2つと考えています。

(1)日本語を基礎とした強固な「コミュニケーション能力」
 日本人の強みとして、「以心伝心」「阿吽の呼吸」など、「対人感度」とも言うべき能力の高さがあります。それに加えて、基本を押さえた「日本語の運用力」を備えていれば鬼に金棒です。日本人独特の無言の感覚知も含めて、可能な限り的確に言語化できる能力は、国際的「日本企業」においては非常に有用でありましょう。まずは、「日本語を基礎としたコミュニケーション能力」を強く求めたいと思います。

(2)継続して挑戦する力と「自己客観視力」
 小さなことでも構わないので、挫折体験と成功体験を積み重ねてきた人を欲しいと思っています。あらゆる場面で挑戦を繰り返してきた人は、それを成し遂げて「自分はやれば出来る」という信念を持っているでしょう。一方で、理不尽なことにも遭遇し、悔し涙も体験してきていると思います。
 そのような人は、「自己肯定感」を強く持っていると共に、社会や組織の中における「自己の相対化」や「自己客観視」が出来るようになっていますので、多少のことではへこたれません。また、大局的な視点に立って継続的な努力や挑戦も出来ますので、入社後に大きく伸びることが期待できるでしょう。

 これら2つの能力に加えて、先述した「カルチュラル・バックグラウンド」を持っている人、これは即ち「自立(自律)」している人といえるでしょう。また、「ダイバーシティ」を受容できる人は、即ち「共生」できる人に他なりません。国際化社会の中で「自立(自律)」と「共生」のできる人財。これは当社に限らず、あらゆる企業で求められる人材像なのではないでしょうか。

※日産自動車では、「人は会社の財産である」という考えから、「人材」ではなく「人財」という言葉を使っています。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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