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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

株式会社ジェイティービー

佐々木 隆 氏

代表取締役社長 佐々木 隆 氏

1943年生まれ。1967年東京大学理学部卒業後、同年株式会社日本交通公社入社。1984年株式会社日本ダイナースクラブに出向し、経理課長、経理部副部長を務める。その後、1988年株式会社日本交通公社に戻り、経営企画室主査、経営改革推進プロジェクトチームマネージャー、取締役財務部長、常務取締役西日本営業本部長、株式会社ジェイティービー(社名変更)常務取締役西日本営業本部長などを経て、2002年より現職。

1.あらゆる仕事で問われる「腑に落ちた知」「生身の人間から得た知」

 あらゆる仕事を進めていく上で欠かすことのできないのが、環境の変化に適応していく能力です。顧客の価値観や生活様式が多様化し、且つ世界情勢やビジネスの趨勢の変化も激しい現代においては、この能力が無ければ真のニーズを汲み取ることができません。そして、この能力を高める上で大切なのは、考えに考え抜いた上で得られる知識、即ち「腑に落ちた知」をひとつでも多く身につけておくことだと考えます。
 私は財務の仕事に多く携わってきたのですが、入社後しばらくは「減価償却」の概念がよく分からず苦労しました。しかし、時間をかけて粘り強く考え、周辺や背後にある様々な知見や経験を積み重ねていくと、あるタイミングで閾値を超えたようにふっと腑に落ちる瞬間があったのです。
 あらゆる概念は、なんとなく分かったつもりのフワッとした定義の理解だけでは、仕事上は何の役にも立たないでしょう。様々な知見や経験を積み上げ続け、考え抜いて腑に落とすという体験を、「基礎学力」習得のプロセスで是非経験してきて欲しいと思います。表層的な言葉や知識で分かったつもりになったり、丸暗記するだけでは意味がありません。自分の言葉で他人を説得できるくらい腑に落とすことが肝要なのです。

 また、環境変化について、メディアやネットなどで流される情報を漫然と見ているだけでは、そのリアルな姿を捕えることはできません。様々な立場や文化背景を持つ生身の人間と直に接し、肌で感じ取ることが大切です。まさに「生身の人間から得た知」が必要です。
 そのためには、自分と違った価値観・言語・文化等を持った人との人間関係構築力が必須になります。人間関係を築く土台は「まず相手を理解し、自分のことも理解して貰うこと」です。そのためにも、自国の言語・歴史・文化を理解しておくことは必要ですし、地球言語化しつつある英語のマスターも欠かせないでしょう。更に広く世界中の歴史や地理・文化・風俗等をある程度知っているという教養も求めらるでしょう。

2.困難な課題は「因数分解」で解決する

 企業活動においては、多くの利害関係者が存在し、且つ多くの変動要素を含むような困難な課題に直面することが少なくありません。そうした場合、私は「因数分解」をすることで局面を切り開いてきました。つまり、難解な局面を、既に知っている(入手している)データで確実に予測しえる範囲、即ち「コントロール可能な因数」にまで分解することで、解決に向けた仮説を立てることができるのです。
 このプロセスで大切なのは、徹底して事実に基づくことです。予測し仮説を立てる時の土台は事実でなければなりません。単なる思いつきや思い込みで立てた仮説は、間違っている場合が多いのです。そして、データとは事実の積み重ねそのものに他なりません。点としての事実が積み重なってデータとなったものを、繋いだり紡いだりすることが仮説立案です。
 私が「因数分解」による仮説立案をするようになったのは社会人になってからのことですが、その考え方は中高生の頃に数学の授業で学んだことに基づいています。今の若い人たちには、「基本的な数学力」や「論理思考力」をきちんと身につけてきてから社会に出てきてほしいと思います。

 組織(企業)や人は長期間成功が続くと、事実に基づく仮説立案を疎かにしがちになります。当社は、創業以来30年間右肩上がりの時代が続きましたが、その後バブルの崩壊とともに伸び悩んだ時期が10年ほどありました。その間、事実確認と仮説立案を怠ったことも一因だったと思っています。「予想外の成功」や「予想外の失敗」を目にした時、組織や個人の能力にその原因を求め、安易な人事異動や処遇を行ってしまうのは厳に戒めなければなりません。そういう時こそ、新たな事実を積み重ねてデータを掴み、新しい仮説を立てる時なのです。

3.当社が求める人物像と応募してくる学生のギャップ

 当社は、学生の就職希望ランキングで常に上位に位置することや、学生からの業界イメージが良いこともあり、優秀な人材が数多く応募してきてくれます。特に女子は各大学で成績上位トップ10クラスの学生達が応募してくれており、非常に有り難いことと思います。ですが、当社が求める人物像と応募してくる学生の間に、若干のギャップがあるのも事実です。

ギャップ(1) 「語学力」(「日本語力」と「英語力」)
 学生に対して感じるギャップのひとつは、「語学力」に関してです。ここで言う「語学力」とは、直接的には「英語力」のことを指しますが、その土台となっているのは「漢字力」を始めとする「日本語力」も当然含みます。また、「英語力」が上達すれば、海外の人に伝えたい中身、即ち日本の言葉・歴史・文化などをもっと知りたいと思うのが人情でしょう。「日本語力」を鍛えて読書をし、日本に対する「教養」を高める必要性を感じるはずです。実践的な「英語力」の向上は、「日本語力」の向上と相乗効果を発揮するものなのです。
 「日本語力」低下の要因のひとつは、テレビや携帯電話、ゲームなどに時間を奪われ、読書の量と質が不足していることではないかと思います。私は26歳の頃、「読書百遍意おのずから通ず」という諺を実践すべく、コリン・ウィルソンの『賢者の石』という寓話小説を、25回くらい繰り返し読んだことがありました。様々な事象や出来事を、言葉を通じて頭の中に描写することを、幾重にも多層的に行う訓練になり、それが自身の「日本語力」向上に繋がったと感じています。読書は量も大切ですが、何回も読みたいと思う良書を徹底的に繰り返して読むことを是非お勧めしたいと思います。

ギャップ(2) 「国際感覚」(日本人としての「教養」と伝える手段としての実践的な「英語力」)
 当社の事業も、急速にグローバル化が進んでいます。近い将来には中国人観光客向け旅行で全社の2割程度の収益を見込んでいますし、欧米人観光客の取り込みも進んでいます。このような状況下で、当社を志望してくる学生の「国際感覚」の不足はやや気にかかる点です。
 「国際感覚」とは、世界の様々な国々の中で日本を位置づける能力のことです。例えば「日本対中国」「日本対シンガポール」「日本対...」というような、一面的で対立概念的な見方をしていては、いずれ日本は世界から孤立してしまうでしょう。では、冷静に自国を世界の中で位置づけるために必要な能力とは何か。これもやはり、相手を理解し自分のことを伝える為の実践的な「英語力」と、自国の言葉・歴史・文化への知見や洞察といった日本人としての「教養」に他なりません。
 日本のビジネスマンは、「英語」はできても「会話」ができない、と揶揄されることがあります。確かに、どれだけ達者な「英語力」を持っていても、天気の話題しかできないようでは5分と持ちません。逆に海外の方は、気を利かせて日本のことについて話題を振ってくることがあり、これに答えられないと恥ずかしい思いをすることになります。ある中国人ガイドから聞いた話ですが、日本人の団体客にトタン屋根のある史跡で、かつて多くの人が亡くなった場所を案内している時、「ここで人々は塗炭の苦しみを味わったのです」と洒落を言ったところ、誰も理解できず笑ってくれなかったそうです。こうした話からも、日本人の自国に対する「教養」の低下が読み取れます。「教養」については、まずは自国に関することが求められるのです。「英語力」そのものは教養ではなく、あくまでもコミュニケーションの「手段(ツール)」であることを忘れてはなりません。
 日本人としての「教養」と、地球言語としてのツールである実践的な「英語力」。このふたつは、「国際感覚」の根幹をなすものであり、社会に出るまでに確実に体得してきて欲しいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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