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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

テルモ株式会社

和地 孝 氏

代表取締役会長 和地 孝 氏

1935年生まれ。1959年横浜国立大学経済学部卒業後、同年株式会社富士銀行入行。1988年取締役業務企画部長となる。1989年テルモ株式会社入社、常務取締役、専務取締役を経て、1994年代表取締役副社長、1995年代表取締役社長に就任。2004年より現職。公職として、社団法人日本経済団体連合会常任理事、日本医療機器産業連合会会長なども務める。2004年度ミッション経営大賞(ミッション経営研究会)、同年度財界経営者賞(財界研究所)を受賞。

1.企業理念へのコミットメントを支える「基礎学力」

 当社は、診断機器ではなく治療機器を中心に取り扱っており、社員は人の生死に関る厳しい現場で仕事をしています。例えば、極寒の北海道でも夜中に突然呼び出され、手術で使用する機器の手配をしなければならないこともあります。そんな仕事ですから、「お給料をもらうため」といった動機で働いていたのでは、到底長続きしません。
 こうした状況の中で仕事を続けていくためには、本気で「患者さんを救いたい」「医師の支援をしたい」という強い信念と使命感が必要です。『医療を通じて社会に貢献します』という当社の理念に深く共鳴し、誇りを持ち、コミットメント(決意)を持てる人材を求めているわけです。企業経営において、何よりも大切なのは「人」であり、社員一人ひとりが主役なのです。個々人がそうした志を持ってくれている限り、従業員は「コスト」ではなく「資産」だと考えます。
 当社に限らず、各社が掲げている企業理念を正しく理解し、自分自身の志と繋げていくためには、社会観や人間観などの「観」を持っていることが重要です。「観」を持っていなければ、自分の価値観と会社の価値観を照らし合わせる基準や軸がないため、コミットメントできるかどうかなど判断できません。そして、その「観」を支えるのが、以下に述べるような「基礎学力」なのです。

2.社会人になるまでに身につけておいてほしい「基礎学力」

 社会に出るまでに身につけておいて欲しい「基礎学力」は、以下の4つです。

基礎学力-1. マナー
 ここでいう「マナー」とは、つまり相手を尊重する態度、「礼の心」を持つことに他なりません。これは、古今東西を問わず求められる不易の原則でしょう。例えば、「コミュニケーションを円滑にするための挨拶」「相手を不快にさせない身だしなみや立ち居振る舞い」「約束や時間を守る」などの行為は、互いが気持ちよく生きていくための知恵です。こうした「マナー」は、なるべく早い段階からきちんと習慣化しておいてほしいと思います。

基礎学力-2. 自分で考える力
 元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏が「情報と知識と知恵を混同してはいけない」と指摘していましたが、私もその通りだと思います。IT技術が発達した現代では、大量の「情報」の断片が簡単に入手できるようになりました。ですが、「情報」を入手しただけで、全てを理解したつもりになってはいけません。「情報」を体系化して「知識」にし、それを「知恵」として活かすためには、得た「情報」を元に「自分で考える」必要があるのです。
 この「考える」という行為には、その人の持つ歴史観・社会観・人間観・仕事観などの様々な「観」が大きく影響します。それらの「観」を育むために欠かせないのが「読書」です。行間を想像しながら読み解く過程が、物の見方そのものを訓練することに繋がります。また、多くのことを知ることで、逆に自分の無知さに気付き、更に様々なことを学び吸収しようという意識も育まれるでしょう。

基礎学力-3. 対話(コミュニケーション)能力
 相手の言葉からその思いを理解し、自分の思いを言葉で伝える力は、仕事のあらゆる場面で必要となってきます。その「対話力」を支えるのが「語彙力」であることは言うまでもありません。
 最近は、語彙が不足している若者が目立ちます。私は大学生を対象に講演を行うこともあるのですが、時々女子学生から「会長、カワイイ」などと言われることがあります。彼女達が悪意のない褒め言葉として使っていることは分かるのですが、全て「カワイイ」に集約してしまうような貧弱な語彙では、社会に出た後に「伝わらない」「伝えられない」という悩みに直面することは明らかです。
 世間には、テレビを中心とした映像媒体やインターネットなどから情報収集すれば十分だ、と勘違いしている人も居るようです。ですが、読書などを通じた情報収集も行っていないと「語彙力」は鍛えられず、社会に出てから「対話」で苦労することは間違いありません。

基礎学力-4. 日本文化への理解
 昨今では、「得か損か」「好きか嫌いか」という浅薄な価値判断基準で行動する人が多いように見受けられます。そのような自己中心的な価値観の人に、社会貢献のための高い志が持てるとは思えません。
 私はそろそろ「美しいか、美しくないか」という本質的な価値判断基準に切り替えていくべきだと考えています。世の中では、今日「得」なものが、長期的には「損」となるケースも珍しくありません。これは、ビジネスも含めたあらゆる分野に通じる話です。目先の利益を優先するよりも、人間が持つ繊細な「美意識」を基準にした方が、よほど間違いがないと私は思います。
 そして、日本人である私たちが「美意識」を体得するためには、「日本文化への理解」とりわけ「歴史」に対する認識が不可欠です。1999年の話ですが、インド南部のある工場が売りに出され、当社もその競売に参加しました。当社より高い買い値を提示した他国の企業があったにも関わらず、売り主は当社に売りたいと言ってくれました。売り主にその理由を聞くと「(アジア人にプライドを回復してくれた)日露戦争のお礼」とのことでした。日露戦争が終結したのは1906年ですから、それから93年後の話ということになります。
 こうした文化や歴史に対する認識が欠落し、世界における自国の位置づけを理解していないと、ビジネスの場面で恥をかくことになりかねません。特に重要なのは近代史です。日本の歴史教育は古代からスタートして時系列を順に追うように構成されていますが、逆に近代から時代を遡っていくという方法もあるかもしれません。

3.日本人であることに「誇り」を持とう

和地 孝 氏 日本は高い文化を持った、世界有数の一流国です。日本は国土が狭く、資源もほとんどありません。そんな国が世界で二番目の経済大国になれたのは、高い文化と教育水準を保っていたからに他なりません。日本の若者たちには、日本人であることにもっと「誇り」を持ってほしいと思います。
 ある学者のお話ですが、世界には「ドライな文化」と「ウェットな文化」があると言います。自然をなぎ倒し先住民を駆逐して発展してきた「ドライな文化」に対し、私たち日本人を含むアジア民族が持つ「ウェットな文化」は、自然や異文化と調和し共生することで発展を遂げてきました。地球温暖化などの環境問題や様々な民族間の紛争など、世界規模の問題を解決して21世紀を救うのは「ウェットな文化」に他ならないと私は考えます。
 また、ほぼすべての国民が表意文字である漢字を使いこなす点も、優れた文化の一つと言えます。世界中を見渡しても、現在でも表意文字を用いているのは日本と中国だけです。加えて日本人は、ひらがなやカタカナ、アラビア数字なども同時に使い分けるという、非常に知的レベルの高い言語を使っています。
 これらの事実にもっと強い「誇り」を持った上で、ビジネスの世界に飛び込んできて欲しいと思います。

4.「基礎学力」を習得する過程を通して子供の「野性」を「個性」に変える

 私は、親や教師といった指導者に、子どもを「叱る」勇気を持ってほしいと思います。戦前の日本には、「叱って人を育てる」風土がありました。しかし最近では、大工さんや料理人など一部の職人の世界にしか、そうした風土は残されていません。もちろん「褒めて育てる」ことも大切ですが、褒めてばかりでは、子どもに必要な社会性や「基礎学力」を身につけさせることはできません。
 生まれたばかりの子供は「野性」の生き物です。それを大人がきちんと叱って教育することで、一個の人間としての「個性」に変えていくのです。幼少の頃から「個性」を尊重し過ぎると、子供たちは生まれ持った「野性」を「個性」と勘違いしたまま大人になってしまいます。「個性」を育むためにも、必要な時は叱りながら、先述した4つの「基礎学力」を身につけさせることが大切だと思います。

5.「基礎学力」を習得した「自立・自律」型人材こそ求める人材像

 私は数十年間、毎日欠かさずに手書きで日記をつけていますが、最近すんなりと漢字が出てこないケースが増えてきました。恐らくパソコンを使う機会が増えたからでしょう。IT機器に頼りすぎると脳が退化することを痛感しています。
 2007年現在、大相撲の横綱は二人ともモンゴル人で、日本人横綱はもう何年も誕生していません。その理由は様々考えられますが、私は自動車の普及やトイレの洋式化などによる生活様式の変化が、日本人の足腰を弱体化させているのではないかと分析しています。

 すなわち、何か一つ便利になれば、何か一つが欠けるのです。「楽あれば苦あり」という言葉がありますが、楽ばかりを求めていると、大きなしっぺ返しを食らいます。ITに頼りきり、自分の頭や手を動かすという「苦」を避けて「楽」ばかりしていると、「思考できなくなる」という「苦」が待っています。そして、「基礎学力」をつけるという「苦」を避けて「楽」ばかりしていれば、社会に出てから「自立・自律できない」という「苦」が待っているのです。
 努力を怠らずに「基礎学力」を身につけるという経験を通じて「自立・自律」している人材こそ、社会が求める人材像ではないでしょうか。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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