公益財団法人 日本漢字能力検定協会

基礎学力を考える 企業トップインタビュー

花王株式会社

後藤 卓也 氏

取締役会会長 後藤 卓也 氏

1940年生まれ。1964年千葉大学工学部工業化学科卒業後、同年 花王石鹸株式会社(現花王株式会社)に入社。栃木工場長、化学品事業本部長、常務取締役、ピリピナス花王インコーポレーティッド取締役会長、ハイポイントケミカルコーポレーション取締役会長、花王コーポレーションS.A.(スペイン)取締役会長、代表取締役社長等を歴任後、2004年より現職。

1.日本社会に蔓延する「自分らしさ夢想病」「自分探し夢遊病」とでもいうべき症候群

 今の日本では、「仕事は自分を表現するための手段」、「本当の自分が表現できる仕事を探そう」といった考え方が広がっているようですが、これは大きな問題であると私は思います。

 有名芸能人やプロスポーツ選手を見て、「自分らしさ」にあこがれる人も多いでしょう。ですが、彼らはごく一握りの天賦の才に恵まれた人たちです。加えて、絶え間ない訓練を繰返し、激しい競争を勝ち抜いたからこそ、そこにいるのです。さらに彼らは、「個の存在」と「個の行動」そのものが、社会に感動や勇気を与えるという意味でも、非常に稀有な存在です。彼らは常に「自分は何者か」ということを自問し、また発信もしています。
 そんな、彼らの表面だけを真似して、多くの「普通の人」が、「自分は何者か」と夢想し、フラフラと夢遊病的に彷徨うのは、むしろ危険と言えるでしょう。

 個人は、社会や組織といった「全体」の中で、存在しているのに過ぎません。多くの「普通の人」は、必死に努力して自分が所属する社会や組織に貢献できてこそ、初めて個としての存在意義を感じることが出来るのです。
 地球上には65億人が暮らし、日本には1.2億人が暮らしています。そんな中で、「一人ひとりの夢に、社会や組織(会社)が合わせてくれる」などという考えは、「基礎学力」や「基礎教養」の欠如がもたらす妄想に過ぎません。むしろ、自分の「夢」や「自分らしさ」を活かして、社会や組織にどう貢献できるか、を考えるべきです。
 昨今、大卒者の3年以内の離職率が4割近くにも上っていると聞きます。「やめてやる」などという捨て台詞を残していく人は、「基礎学力」「基礎教養」不足の典型でしょう。

 日本全体の「基礎学力」「基礎教養」の劣化には、危機感を持たずにはいられません。その結果として、「自分らしさ夢想病」「自分探し夢遊病」とでもいうべき症候群にかかった人々が、大量に発生しているのではないでしょうか。これが、人材の不足や生産性の低下という日本の社会問題の大きな一因にもなっていると感じています。

 当社が求める人材は、希代の天才などではありません。どこにあるか分からない自分探しをするより「まず自分の力を試してください」と私は言いたいのです。「基礎学力」と「基礎教養」を身につけた、コツコツと地道に努力することを惜しまない「普通の人」を求めているのです。

2.「基礎学力」「基礎教養」は社会に出てから必ず役に立つ

後藤 卓也 氏 先述した症候群の悪影響からか、「学校の勉強など仕事の役には立たない」という間違った考えも蔓延しています。「勉強を全くしなかった学生が、後に会社を興して成功した」などのサクセスストーリーを、テレビ等でよく目にします。これもまた極めて稀有なケースであるからこそ、物語として成立しているわけです。それどころか、あたかも学校の勉強やコツコツ努力することが無駄であるかのような演出も見られます。このことが、症候群の流行に拍車をかけ、間違った世論を形作っているのかもしれません。
 社会に出てからも必ず役立つのが「基礎学力」と「基礎教養」です。小学校から大学までを通して、ぜひともこれを身につけてきて欲しいと思います。私が考える「基礎学力」と「基礎教養」とは、次のとおりです。

(1)「読み・書き・計算」などの「基礎学力」
 特に「読み・書き・計算」は、徹底的に身につけておくべきだと考えます。これが無ければ、仕事内容を理解したり学んだりすることは勿論、仕事を遂行するために考えたり、他人を巻き込むことも不可能です。
 数学で学ぶ「サイン・コサイン」を仕事上で直接用いることは確かにありませんが、思考経路を検討する場面では大いに役立ちます。その意味でも、幾何や科学も決して無駄ではありません。
 歴史について言えば、一度学んだからといって、同じ過ちを繰り返さないほど、人は賢くはないですが、何度も学べばヒントくらいは得られるでしょう。また、人類が築いてきた営みを知ることで、自分が興味や関心を持てる領域を知る手がかりも得られます。
 このように、学校で学ぶ「基礎学力」は、実社会で役立つものばかりです。詰め込み教育や受験勉強を批判する人もいますが、私は「基礎学力」の徹底訓練になるという観点からも、決して無意味ではないと考えます。

(2)「公共心」や「倫理観」などの「基礎教養」
 他人や社会に対して感謝の念を持ち、社会全体をよくしようとする姿勢、即ち「公共心」と「倫理観」を持っていれば、社会や組織の中でスムーズに仕事をし、社会に貢献することが出来ます。逆に、私利私欲に走り、自分の権利ばかりを主張する人が仕事をスムーズに行えるはずはありませんし、社会貢献など出来ようはずもありません。
 「権利と義務(責任)は表裏一体」という原則を理解することも必要です。例えば、「義務教育」とは「保護者が子供に教育を受けさせる義務」であって、「子供に教育を受けさせる国の義務」ではありません。学校に無理難題ばかり押し付けるモンスターペアレンツが増えているのも、「義務」がないがしろにされ、「権利」に対する意識ばかりが肥大化しているからではないでしょうか。

3.「基礎学力」を向上させる「対話」と「考える習慣」

 当社では、直接の「対話」を通じて、お互いの考えを纏めたり高めたりするという、相乗効果の発揮を重視しています。この「対話」を支えるのが先述した「基礎学力」であり、特に漢字力を含む「読み・書き」する力です。そして、「対話」を通して「基礎学力」自体も向上していくのです。
 特に大切なのは Face to Face での「対話」です。メールでのやり取りは間を置いて考えることができますが、対面でのやり取りは、相手の目や口の動き、表情、場の空気などを察知しながら、瞬間的に反応しなければなりません。それによって脳が活性化され相乗的に「基礎学力」も向上しやすくなります。逆に、ちょっと話しをすればいいことを携帯電話やPCでのメール交換で済ましてしまっている。生身の人間同士の「対話」を軽視していては、「基礎学力」は向上し得ないでしょう。

 昨今では、消費者の重大事故を未然に防ぐために、使用時のトラブルを想定し注意表示の強化が行われています。例えば、洗剤のパッケージには「用途外に使わないで下さい」と使用上の注意が記載してあります。ガスコンロには「使用時には換気をして下さい」と書いてあります。これらの内容は「基礎学力」を持った消費者ならば、少し考えれば分かる話ばかりです。「消費者はどんな使い方をするか分からない」との指摘はある程度納得できますが、本来ならばわざわざ書く必要などないはずです。
 丁寧すぎる注意書きが、人々から「考える力」を奪っているという事実も忘れてはなりません。この状況が行き過ぎれば、「考える習慣」を持たなくなる人が増えてしまいます。子供達がこのような社会環境に置かれていることを強く認識した上で、常に自分で「考える習慣」を持つように指導することも必要だと思います。

4.「やるべきこと」を「やるべき時」に「やるべき所」まで

 先述した「基礎学力」を社会に出るまでに身につけるためには、小・中・高・大の各段階で、やるべきことをやるべき範囲まできちんと習得させることが重要だと思います。学ぶべきことを積み残したまま次の段階に進んでも、その先の「基礎学力」の習得は難しくなるばかりです。
 私は教育の専門家ではありませんが、教育基本法や学習指導要領等の法令に即して卒業要件(必ず到達すべき範囲)を厳格化し、未到達の生徒は卒業させない、という良識ある英断も必要だと思います。入試においても、前段階までの「基礎学力」を身につけていない生徒には門戸を開かない、という毅然とした態度も必要かもしれません。

5.高い目標を掲げて競い合うこと

 企業は厳しい競争社会の中にあります。企業社会に一歩出れば、他者と競争しながら、自ら高い目標を設定し、達成を目指し続けることが日常になります。平均レベルに合わせて目標設定すれば、企業が立ち行かなくなるのは火を見るより明らかです。
 社会に出るまでに、自ら高い目標を掲げ、それに向けて努力すること、そして他者と切磋琢磨することの、本当の楽しさ、大切さを経験してきて欲しいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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