公益財団法人 日本漢字能力検定協会

基礎学力を考える 企業トップインタビュー

新日本石油株式会社

渡 文明 氏

代表取締役会長 渡 文明 氏

1936年東京生まれ。1960年慶應義塾大学経済学部卒業後、同年日本石油株式会社に入社。取締役販売部長、常務取締役を経て、代表取締役副社長在籍時の1999年に、三菱石油株式会社との企業合併を経験。その後、代表取締役社長在籍時の2002年に、会社名を新日本石油株式会社に変更。2005年から現職。また、2003年から石油連盟会長、2006年から日本経団連副会長も務める。

1.大学は進級管理と出口管理を徹底すべし

 昨今、若年層の学力の二極化が指摘されています。何事にも意欲を持って前向きに取り組む子どもがいる一方で、勉強もしなければ、部活や体験活動もしない子どももいる。しかしながら、少子化の影響で、大学は全入の時代を迎えています。そんな中「基礎学力」が足りず、授業についていけない学生も多いそうです。大学が予備校にリメディアル(補習)を委託しているケースが急増しているとのことです。これは若年層の「基礎学力」低下を物語る事象であり、由々しき問題だと思います。

 一方で、偏差値の高い大学への入学者選抜は、高度化しています。高校は全国でおよそ5、400校ありますが、そのうちたったの20校程度で、東京大学の合格者の3分の1に当たる約1、000人を占めています。つまり、それだけ高度で特殊な訓練を積まないと東大には入れないわけです。また、これだけ出身校が偏っているということは、同質の教育を受けた者ばかりが東大に入学しているともいえ、多様な人材を受け入れているとは言い難い状況です。

 私は、難問奇問による大学入試は改めるべきだと考えています。論文や面接で「思考力」や「教養」を見て、検定の結果証明で「基礎学力」を見る。それらが一定の基準を満たしている者には、広く門戸を開いてはどうでしょうか。そうすることで、より多くの学校から多様な人材を受け入れることができます。そして、進級管理と出口管理を徹底するのが、大学の本来のあり方ではないかと思います。

 私の経験則で言うと、多くの企業に必要とされる人材は、地方の伝統的公立高校に多いように思われます。それは、受験という目先の目的にとらわれず、じっくりと「基礎学力」を積んできているからではないでしょうか。

2.時代を超えて求められる「言語リテラシー」という「基礎学力」

 私たちのグループは、鹿児島に世界最大規模の原油備蓄基地を持っていますが、その近くに「特攻平和会館」があります。そこには、先の大戦で東シナ海に散った若き隊員たちの遺書や手紙、辞世の句などが展示されていますが、その語彙力や表現力の豊かさに驚かされます。こうした遺品の数々を見ても、当時の日本が欧米に追いつくべく、いかに「リテラシー教育」を重視していたかが分かります。
 考えてみれば、戦場での伝達ミスや理解不足は生命の危機をもたらします。その点で、確かな言語力とコミュニケーション力が求められたわけです。それは現代の企業活動においても同様です。さすがに命までは奪われませんが、企業が生き残っていくためには、社員の確かな「言語力」と「対話力」が求められます。
 「言語リテラシー」こそ、時代を超えて求められる「基礎学力」でしょう。

 アメリカの政治学者であるサミュエル・ハンチントン氏は、世界の八大文明の一つとして、日本を挙げています。日本が、欧米や中国、イスラム等と並ぶ独自の文明ととらえられているわけで、そのことに私たち日本人はもっと誇りを持つべきです。
 そんな日本の文明を支えているのは、日本語です。日本語は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「ローマ字」「アラビア文字」で表現されますが、このように多様な文字を駆使する高度な言語は、世界中を見渡しても類を見ません。
 また、日本人には、森羅万象のすべてを敬い、受け入れる「包容力」があります。日本が戦後、荒廃した国土を建て直し、これだけの経済成長を遂げられたのは、日本人に他文化を受け入れる包容力や柔軟性があったからに他なりません。日本人がこうした素晴らしい特性を次代へと引き継いでいくためにも、日本語の読み書き能力や歴史などの「基礎学力」は必要不可欠なものだと考えます。

3.「基礎学力」を通して学ぶのは「与えられた条件の中で最大限の努力をすること」

 人間にとって必要な原体験とは、「自然との対話」だと思います。大いなる自然とどう向き合い、時に抗い、順応していくか。例えば私の原体験のひとつに、子供の頃に川でおぼれかけ、必死にもがいて何とか対岸までたどり着いたことがあります。極限状態の中で必死に戦い、自らの力で生を勝ち取ったのです。
 また、私が新入社員の頃の話ですが、納入したアスファルトの袋が破れ、お客様にクレームを受けたことがありました。現場へ駆けつけると、40キログラム入りの袋が80個ほど破れ、中身が道に散乱しています。トラックに積み直すにも、自動リフトはありません。仕方なく、炎天下の中、運転手と二人で3時間ほどかけて手作業で積み直しました。汗だくでスーツもボロボロになりましたが、無心でその仕事をやり遂げた結果、逆にお客様の信頼を勝ち取ることができました。

 与えられた条件の中で、自分にできる最大限のことを課し、行動するという経験は、極限状態の中で「やればできる」という自己肯定感を生じ、「人間の器」の形成に大きな影響を与えます。

 「基礎学力」とは、必ず全員が身につけなくてはならないものです。そして「学習指導要領」には、ここまでは学ばなくてはいけないという最低限の範囲が定められています。「基礎学力」を身につけるという経験も、「与えられた条件の中で最大限の努力をすること」に他なりません。つまり、単に学力そのものの獲得だけが重要なのではなく、それを習得する過程を通じて得られる経験も重要であると思います。

4.「基礎学力」を構成する数々の要素

渡 文明 氏(1)「言語リテラシー」
 「基礎学力」の第一の土台となるのは、先ほどもお話した「言語リテラシー」です。特に、複雑で困難な仕事を遂行する上で、このリテラシーをベースにした「対話力」が問われます。
 弊社は1999年に日本石油と三菱石油の合併によって誕生しました。大型合併の数少ない成功事例として挙げられています。合併時には、部門の壁を越えた横断的プロジェクトを20以上も立ち上げ、「意見交換」「意思疎通」「意思決定」という「三つのWill」を徹底しました。こうして異なる価値観を持つ者同士の「対話」を図ったことは、合併後の円滑な事業拡大につながりました。
 スムーズな合併を実現したのは、お互いが異文化を尊重し合い、新たな目的に向かってそれぞれの良いところを伸ばそうとしたためですが、「言語リテラシー」に支えられた「対話力」があったからこそだと考えています。

(2)「数学的リテラシー」
 「数学的リテラシー」も「基礎学力」の重要な要素です。例えば、見た瞬間に分かりやすいプレゼンテーション資料を作成するためには、「幾何的な図形・空間の認知能力」が欠かせません。また、仕事を遂行する上で効果的な段取りを組むには、「代数的な数量認知能力」が求められます。もちろん、仕事のあらゆる場面において「数学的な論理思考能力」が問われることは言うまでもありません。

(3)礼節
 「基礎学力」を習得する過程を通じて学んで欲しいこととして、「礼節」があります。「与えられた条件の中で最大限の努力」をしながらも、自分の置かれた状況を謙虚に受け止める姿勢も同時に大切なのです。
 双方に豊かな人間性や「礼節」があるからこそ、人はお互いを深く理解することができます。また、「礼節」を持って他人からの教えを謙虚に受け止めることができなければ、自分の視野が広がることもなければ、周囲の人間との協力関係も築けません。
 また、歴史や古典の学びを通して、日本の国土や文化、歴史に対する「礼節」も同時に身につけてください。これがないと、国(現政権ではなく、広義での祖国)を良くし、社会を発展させたいという前向きな向上心や目的意識を持てないからです。また、最近は歴史教育が軽視されがちですが、歴史は「人生の教材」です。これを疎かにすることは、日本人として非常に恥ずべきことだと思います。

5.高度な意思疎通も「基礎学力」から

 日本的な理想の意思疎通の代名詞として「以心伝心」や「阿吽の呼吸」などがあります。これらの言葉を超越した高次元での相互理解を行うためには、言葉など無力だと思われがちですが、それは間違いです。
 全ての意思疎通の原点は「手書きのメモ」にあります。それは、自分の伝えたい内容を、相手に伝わり易いように構造化する行為なのです。その構造化した内容を伝える手段が、たまたま手紙やメール等の文字であったり、会話や電話などの音声であったり、「以心伝心」や「阿吽の呼吸」などの感覚であったりするに過ぎません。従って、「読み書き」というベーシックな「基礎学力」が無ければ、高度な意思疎通は全く行うことはできないのです。

 高度な能力とは、それがどんな種類の能力であれ、基礎基本を抜きにして一足飛びに身につけられるものではありません。そして、全ての人が身につけておくべき基礎基本こそ、「基礎学力」に他ならないのです。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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