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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

株式会社高島屋

鈴木 弘治 氏

代表取締役社長 鈴木 弘治 氏

1945年神奈川県生まれ。1968年慶應義塾大学経済学部卒業後、同年株式会社髙島屋に入社。常務取締役 本社経営企画室長 兼社会貢献室長、代表取締役取締役副社長、百貨店事業本部長 兼広域事業本部長等を経て、2003年より現職。公職では、社団法人日本経済団体連合会常任理事、横浜商工会議所副会頭など歴任。

1.社会全体で「基礎学力」向上の気運を

 当社はもちろんあらゆる企業において、若手に限らず中堅も含めた社員のコミュニケーション(対話)能力には課題があると感じます。社員のコミュニケーション(対話)能力の高低は、組織力の高低を表すともいえ、日本全体の大きな課題と考えています。
 当社でも、正社員・パート社員・契約社員といった職員に加えて、お取引先の販売員など雇用形態は「多様化」してきており、様々な従業員が売場で直接お客様と接します。また、お客様の趣味嗜好もますます多様化しています。そのような環境になればなるほど、コミュニケーション(対話)の難易度は高まります。ゆえに、従業員のコミュニケーション(対話)力に関する教育が重要になってきているのです。

 このコミュニケーション(対話)の根幹を成すのが、「基礎学力」や「基礎教養」でしょう。これらの能力の低下という問題は、社会全体の構造変化に因るところが大きいと考えます。
 例えば、18歳人口の減少と大学の定員数の増加により、子ども達が学ぶ動機が希薄になっています。またITの発達によって、手で書く機会や対面コミュニケーションの場面が減っていることも要因です。あるいは、テレビやゲームなど簡単に娯楽が手に入る世の中であり、本を読んだり学んだりする時間も奪われがちなのでしょう。背景をあげればきりがないのですが、子ども達や学校の先生だけを非難しても始まらないことだけは確実です。

 どんなに便利な世の中になっても「基礎学力」や「基礎教養」の必要性が無くなるわけではなく、むしろ今後ますます複雑化する社会においては欠かせない能力となるでしょう。社会全体がこの大切さを認識し、それぞれが自分でできることを行っていく必要があります。親は子どもに、企業は社員に「基礎基本を学ぶこと」の重要性を説き、同時に「学ぶ機会」を作らなければなりません。

2.「便利ツール」による思考力の退化という弊害

 文明社会における目覚ましい技術革新によって、様々な「便利ツール」が開発されています。

 かつては、自動車や電車などの移動を楽にする「便利ツール」が開発され、広く普及しました。しかし、それらばかりを利用して全く歩かなくなれば、当然足腰の筋肉は衰え、運動能力が退化します。運動不足による生活習慣病が増加した社会背景も、想像に難くないでしょう。現代人はそれに気付いているからこそ、適度な運動を定期的に行う大切さを理解しているのです。

 一方 昨今では、携帯電話やパソコン、インターネットなど、新たな技術革新が進んでいます。それらは、思考を楽にする「便利ツール」と言えます。それらに依存して「脳」を使わなければ、思考能力が退化していくのは必然なのです。思考能力を支える「基礎学力」「基礎教養」といったものは、意図的に訓練し続けて行く必要があるのです。

3.思考能力を鍛えるために

 「主にテレビやインターネットから情報を得ている」という人も多いかと思いますが、これらの「便利ツール」からは一方的に情報を受け取るだけであり、基本的に「脳」は動きません。あらゆるツールは、主体的な態度で、意図的に考えながら臨まなくては、「脳」は動かないのです。

 一方、読書は違います。主体的でなければ読み進めませんし、意図的に考えなくては文脈が理解できません。頭の中で像を浮かべたり、考え込んだり、感情が動いたりと、必然的に「脳」が動くのです。結果的に、思考能力が鍛えられていくのです。

 私自身、子どもの頃から多くの本と出会っています。昔は他に娯楽も少なかったので、勉強のつもりではなく、楽しみのひとつとして読んでいました。その中で、思考能力も鍛えられていったのでしょう。
 そして、そこで出会った物語や作者の考えが、私の人格形成に影響していることは確かです。相手と交渉するときに、相手の持っている課題を想定できる能力のベース(即ち「基礎教養」)にもなっていると感じます。

4.経営者に問われる大局観という思考力

鈴木 弘治 氏 経営者にとって重要度が増している活動のひとつに、IR活動(Investor Relationの略。企業が株主や投資家に対し、投資判断に必要な情報を適時、公平に、継続して提供する活動)が挙げられます。信頼を得るためには、言葉や数字を尽くして論理的に説明できなくてはなりません。「基礎学力」がその基盤となることは言うまでもありません。

 また、現代の経営者に問われる能力は、「変化への対応力」です。次々と変化するニーズに応えていく、あるいは時代のニーズを超えた新たな価値を生み出すためには、今までに無かった新しいことに挑戦しなくてはなりません。時代の変化を察知し、時代に先駆けた斬新なアイデアを提供していくこと。そのために問われるのは、「基礎教養」をベースにした、社会観・歴史観・人間観といった大局観に基づいた思考力なのです。

 実務での貢献がいかに高くとも、「基礎学力」や「基礎教養」が無ければ、新しい時代に向けて行うべきことを見極めることはできません。Howto に優れていることではなく、What や Why を考えられる能力こそが必要なのです。「万物は二度ソウゾウされる」という言葉があります。まずは個人の頭の中で「想像」され、そのアイデアが多くの人々の共感・共鳴を集めてこそ、現実の世界に「創造」されます。この What や Why の構想力なくして、自社や業界の未来を創ることはおぼつかないのです。

5.進級試験でも問われる大局観に基づいた思考力

 当社の進級試験では、これらの能力の素地の有無を見ています。
 A4用紙で2~3枚程度の小論文を、必ず手書きで書かせます。内容は、ある社会課題を提示し、それに対して自社(自業界)のとるべき行動を述べるものです。例えば「日米関係の重要性と百貨店」という問いや、「CSRとは何か」「自社のCSRの現状は」「今後自社にとって必要なCSR戦略は何か」などの問いを与えます。

 これらには、付け焼刃では回答できません。あらゆる情報に触れる度に、日頃から大局的に様々な角度から「考えるクセ」を持っていなくては、何も述べられないのです。

6.将来伸びるのは「考えるクセ」を持った人

 私の経験上、将来伸びる人というのは、普段から「考えるクセ」を持った人だと思います。

 常に考えることで、広くて高い視野視点を持つことができます。そのことが、新しい問題提起を可能にし、クリエイティブ(創造的)な発想につながるのです。
 当社の売場の例で言えば、お客様が来店される度に感動があるような売場を創らなくてはなりません。マンネリした売場からは、客足は遠のきます。

 これは、社会全体にも、個人にも当てはまることです。いうなれば、問題発見・解決型の仕事(WhatやWhyを「考える」仕事)が重要なのです。逆にいえば、どんなに実務(How)をこなしていても、「考えるクセ」の無い人はルーティン(定型業務)や対症療法型の処理仕事しか行えないでしょう。
 この「考え抜く力」の差は、一般職の間はそれほど目立ちません。ですが、10年後や20年後に役職や立場が上がれば上がるほど、その差が顕著になって現れてくるのです。

 また、ある程度の「異端さ」も重要です。付和雷同で主張のない人物には、変化の時代の幹部は務まらないでしょう。「異端」であるということは、協調性が無いという意味ではありません。それは、一般的な「基礎学力」や「基礎教養」を持った上で、それを応用して自分独自の視点や構想、他の誰も持ち得ない価値観を持っているということなのです。

 学生の皆さんに申し上げますが、なるべく若いうちに(できれば社会に出るまでに)、自ら問題を発見し、課題を設定し、それを解決していく能力を身につけると良いでしょう。そして、そのベースとなる「基礎学力」や「基礎教養」といった素地づくりをくれぐれもおろそかにしないようにしてください。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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