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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

キヤノン株式会社

内田 恒二 氏

代表取締役社長 内田 恒二 氏

1941年大分県生まれ。1965年京都大学工学部精密工学科卒業後、同年キヤノンカメラ株式会社(1969年キヤノン株式会社と改称)に入社。カメラ事業部カメラ開発センター所長、カメラ事業本部長、代表取締役副社長グローバルマーケティング推進委員長等を歴任後、2006年より現職。公職として、カメラ映像機器工業会理事を務めた。

1.早期から「読み書き計算」訓練の徹底を~自身の経験から

 私の小学校低学年の頃を思い返すと、通知表の点数は決して良くはなく、むしろ落ちこぼれだったと記憶しています。ですが、ある本との出会いが、私の運命を変えました。
 それは、小学4年の時でした。父親の蔵書の中から講談本を見つけ、貪るように読破したのです。全40巻程度で、赤穂浪士や剣豪の話など、実に面白い話が満載でした。漢字は旧字体で総ルビがふってありましたので、夢中になって読んでいるうちに漢字も全て覚えてしまいました。また同時に、日本の歴史についても大体の流れを理解してしまいました。漢字と歴史については、講談本から学んだと言っても過言ではないでしょう。
 それをきっかけに、小学5年の頃には学業成績もトップクラスになっていました。漢字を覚えると読解力がつくのでしょう。読解力とは突き詰めれば、漢字を読めるか、理解できるかに尽きると思います。

 計算についても最初はとても苦手で、暗算も遅い方でした。ところがある時、そろばんの玉の画像を頭にイメージすると早く暗算できる、ということに気付きました。誰に教えられたわけでもなく、自分でハッと気付いた瞬間があったのです。それからしばらくして、暗算の速度もトップクラスになることができました。
 苦しい訓練を続けていくと、ある瞬間に何かが突き抜けて急に出来るようになる、という経験をすることがあります。このような「やればできる」という体験を持っていることは非常に重要です。

2.説得力のベースは「基礎学力」特に漢字と数字

 漢字と数字という「基礎学力」は、社会に出てからも充分に活用できる能力です。

 例えば、あるコンパクトカメラの開発方針を、漢字3文字で表すようにしていました。その3文字は「音・水・金」でした。「音」は操作音の低減、「水」は防水加工、「金」はコストダウンとコンパクト(「金」パクトの当て字)の両方を表しています。たった3文字で新製品の特徴を表現できるのです。開発者達は瞬時に理解し、そして決して忘れることはないのです。漢字の意味含有率の高さと意味伝達力の凄さを感じます。加えて具体的な数字を用いると、さらに説得力が増します。

 伝える側の意図を込めて漢字や数字を効果的に使うと、素晴らしいプレゼンテーションが行えます。プレゼン成功の鍵は、聴衆への印象付けによって、強く記憶に留められるかどうかにあるからです。

3.日本文化の継承とアジアの共栄の鍵は漢字

 昨今の日本人の漢字力低下は、「基礎学力」の低下という以上の、大きな危機をはらんでいるかもしれません。私は、日本文化の継承とアジアの共栄に、大きな支障をきたす可能性があると思っています。
 同じ漢字文化圏のアジアの国々が相互理解を深めるためには、漢字で書かれた記録を通じて、互いの歴史的背景を学ぶ必要があります。海外旅行をしていて漢字の看板や標識を見ると、ほっと安心するといった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

 アジアの人々が生んだ知識や文化は、文字(特に漢字)で残されています。漢字を失うことは、それら全てを失うこととほぼ同義なのです。

4.学習の仕方を教えるのが大人の役割

 私は忙殺されている時にこそ、本を読むようになります。不思議とそういう時こそ、知りたい・調べたいテーマが次々と湧き上がって、集中して読めてしまうものです。良く「本を読む暇がない」と言う人が居ますが、それは暇が無いのではなくて、読む必要に迫られていないだけでしょう。
 ただ漫然と読書をしていても、頭には残りにくいものです。むしろ忙しい時に、「必要に駆られて」「物凄く興味を持って」読む。すると、自分が必要とする知識がどんどん吸収され、しかも忘れず、且つ次々と関連した本へと興味が広がっていくのです。

 実は、あらゆる勉強にも同じことが言えると思っています。ただ遮二無二勉強するだけでは、何も身につきません。興味が湧いた時に、短期間で集中して学んだ方が効果が高いのです。頭の良し悪しはあまり関係なく、そのような学び方を知っているかどうかが鍵になります。
 つまり、先生や保護者の方はそういった学び方を、子供達に教えていくことが肝要だと思います。「興味の持ち方」「深め方」「記憶の仕方」などという学び方そのものを、それぞれの子供のタイミングに合わせて伝えていく。それこそ、教育者が果たすべき責任であると考えます。

5.企業文化を継承するために繰り返される言葉

内田 恒二 氏 当社もお陰様で企業規模が拡大し、全世界で10数万人の従業員を抱えるまでになりました(2006年12月現在)。これからも、社会に貢献できる企業として成長を続けていくためには、企業文化がしっかりと根付いていることが重要です。経営者として、企業文化を隅々の社員にまで浸透させる責務があります。そのためのメッセージ発信の重要性がより高まってきているのです。

 当社の社員の行動指針として、創業当時から大切にしている言葉があります。それは『三自の精神』と呼ばれるものです。「三自」とは、即ち「自発・自治・自覚」のことを指します。

・自発 → 何事にも自ら進んで積極的に行い
・自治 → 自分自身を管理し
・自覚 → 自分の置かれている立場・役割・状況をよく認識する

 この「三自の精神」は、「フレミングの法則」ではありませんが、「三自の法則」的に社員の間に強く根付いています。「三自の精神、知らずば恥かく」という語呂合わせ(「恥かく」と「発・治・覚」)も広く浸透しています。ここでも、漢字を活用した印象付けを行っているわけです。さらに、これが書かれたコンプライアンス・カード(※)を作成し、全ての社員に常に携帯させています。

※ 経営理念や行動規範などを浸透させるべく、社員に携帯させる目的で作成されたカードのこと。

 また、その言葉の意味をあらゆる機会に確認し合う風土もあります。例えば、「『品質』とは何か」という質問を社員に投げかけます。当社での答えは、「『品質』とは「品位」と「品格」と「等級」を掛け合わせたものである」ということです。この3つが揃って高くなければ、『品質』が高いとは言わないのです。それは製品に限らず、社員一人ひとりに対しても問われるものです。こういった価値観も、繰返し伝えていく必要があります。

6.企業の健全な成長のために必要な「教養」と「見識」

 社会で起こっていることは、必ず組織内でも起こります。世の中が拝金主義に走れば、組織内にも顧客より自社の利益を優先する社員が現れてしまうことがあるのです。大局観に基づいた社会常識や世間感覚を大切にし、それとかけ離れた組織常識を持ってしまわないようにすることが大切なのです。

 当社が健全に成長していくために、役員候補には徹底して教養や見識を高める教育を行っています。半年間に渡って土日に各界の第一人者を招き、レクチャーをしていただきます。その方たちの著書に目を通し、講演を聴き、討議させ、意見をまとめるというカリキュラムを課しています。

7.企業で活躍するために必要な「基礎学力」と「基礎教養」

 企業で活躍するためには、読み書き計算を土台とする「基礎学力」や「基礎教養」が欠かせません。

 例えば当社では、初級管理職への昇格試験においてさえ2,000~3,000字程度の手書き論文を課します。作文にあたって必要な語彙力・要約力・構文力などの日本語能力と同時に、「基礎教養」に基づいた大局観や価値観を持っているかどうかを見ているのです。

 自社や自社製品のことしか知らないようでは、次代を構想し創造していくという活躍はできません。幹部ともなれば、社会全体の課題を想定し、あらゆる方面からの課題解決処方を考えることが必要なのは言うまでもありません。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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