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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

新日本製鐵株式会社

三村 明夫 氏

代表取締役会長 三村 明夫 氏

1940年群馬県生まれ。1963年東京大学経済学部経済学科を卒業後、同年富士製鐵株式会社(現新日本製鐵株式会社)に入社。1972年ハーバード大学大学院ビジネススクール卒業。販売総括部長、取締役(営業総括部長委嘱)、代表取締役副社長、代表取締役社長等を経て、2008年より現職。社外関係では、社団法人経済同友会副代表幹事、社団法人日本経済団体連合会副会長(在任)、国際鉄鋼協会(IISI)会長、社団法人日本鉄鋼連盟会長等を歴任。2007年2月に第4期中央教育審議会委員に就任。

1.教育なくして未来なし

 当社が抱えている最も大きな課題のひとつは、人材育成・社員教育の制度を再構築することです。

  1990年代に日本は長い不況が続き、当社も大規模な合理化計画に基づくリストラや新卒採用の抑制などを行った結果、社員数が大幅に減りました。また、職場の高齢化も進み、今後10年間で現場の技能職の50%以上が退職してしまう見通しです。いわゆる団塊の世代が大量に退職し、現場の技能伝承に滞りが生じるという「2007年問題」に直面しており、製鉄業という製造現場が主体の当社にとっては、まさに死活問題です。
 その対策として、若手人材の育成を行うことが緊急かつ重要な課題なのです。もちろん、高齢者に対して定年後も引き続き働いてもらうようお願いすることもあるでしょうが、早晩彼らの力を活用できなくなることは確実であり、当面を凌ぐことしかできません。抜本的対策を考えれば、若手の育成以外に生きる道はないのです。

 ところが、人は誰しも「必要だから勉強しろ」と言われただけで学ぶものではありません。具体的な目標を与え、その到達度を測定する試験などを課し、それをクリアするための方法論も示していくような仕組みを作らなくてはいけないのです。学習の基本は、一人ひとりに合った目標と計画。これは、大人も子供も同じでしょう。

 当社では現在、それぞれの現場職員が5年後までに身につけていなくてはいけない技能要件を、明確に定義する作業を行っています。その後は、それらの技能をどのように身につけるのか、身につけたかどうかをどのように測定するのか、などの様々な仕組みを作っていく予定です。
 教育というのは、短期間ですぐに成果が出るものではなく、手間もお金も時間もかかります。ですが、この仕組み作りなくして当社の将来は無いと思っています。

 これは、視点を国や社会など全体に移しても同じことが言えると思います。一人ひとりに合った目標と計画を明確にした上での仕組化された教育なくして、日本の将来は無いと言えるのではないでしょうか。

2.逆境はチャンスと捉えよう

 企業経営でも人生でも、大変な状況や逆境は次から次へと押し寄せてくるものです。ですが、そのことに悲観的になっても仕方ありません。私はむしろ、逆境は人や組織の慢心を戒め、緊張感を与えてくれる有り難いものと捉えています。

 経営者が最も苦労するのは、社員にいかに危機感や問題意識、ひいては課題意識を持たせるかということです。2005年の当社の業績は順調であり、史上最高益を上げていました。社内には「これでしばらくは安泰」という雰囲気が蔓延しかねない状況にあったのも事実です。人は安心した時、進歩の歩みを止めてしまいがちです。
 そんな折、2006年1月に世界最大手のミッタル・スチール社(オランダ)が世界2位のアルセロール社(ルクセンブルク)に敵対的TOBを仕掛け、紆余曲折の末に、史上最大規模のアルセロール・ミッタル社が設立されるという、鉄鋼業界を揺るがす大事件が起こりました。これを受けて、当社社員にも危機感と問題意識が沸き起こりましたが、このようなきっかけとともに社員の士気の高まりがあってこそ、会社は進歩し続けることができるのです。
 また、当社の設備は設置後35年以上経過したものが多く、海外の一部他社と比較すると相当古いものです。もちろん設備投資も大規模に行っていますが、最新鋭の設備が投入されるのを待っていては、日々の生産が滞ってしまいます。この逆境も、当社にとってはむしろチャンスでした。現状の設備のままで、いかに事故を防ぎ、同時に生産性を高めていくか。この難題に対して、事故を未然に予測して(予防診断)予防措置を取る(点検整備)という技術力が培われてきています。このノウハウが、他社に負けない大きな強みとなるのです。

 まさに、逆境こそチャンスです。学生時代の学びにおいても、解けない問題や苦手教科、あるいは模擬試験・入学試験などを逆境だと考えず、自分を鍛えるチャンスと捉えることをお勧めします。

3.「集中力」と「仮説力」を磨こう

三村 明夫 氏 正直に申し上げて、私はコツコツ努力する方ではなく、試験の時は一夜漬けで臨むタイプでした。しかし、それは単なる直感ではなく、いうなれば「集中力」と「仮説力」による試験対策なのです。
 出題する先生の問題意識や考え方などを日頃から推察できれば、試験問題も比較的容易に想像し得るはずです。ビジネスで人に会う時や交渉を行う時も、相手が何を考え、何を大切にしているか、などを瞬時に見抜く力が問われます。
 この「集中力」を駆使し、相手を理解した上での推察による「仮説力」は、仕事でも大いに役立つ能力です。

4.経営者として有言実行していること

 私は社長になって「現場主義」を有言実行しています。全国に11ヶ所ある現場を、年に1~2回欠かさず訪問しています。すると、データからだけでは分からない、現場の様々な空気や体温といったものを体感することができます。これが非常に大切です。
 当社の新卒採用者の離職率は、10年後でも累計で10%以下を保っています。就職した4年制大学卒業者の3割近くが3年以内に辞めているという社会の実情からすると、これは高水準の在籍率と言えるでしょう。その理由のひとつに、就職活動中の学生さんにも溶鉱炉の見学に誘っていることがあるかもしれません。溶銑が赤々と流れる高炉のダイナミックな現場を見て、「自分もこういう仕事に関わりたい」という強い意志を持って入社してくれるからではないでしょうか。
 なにごとも現場で体感することが大切です。学びとは、机の上で行う勉強だけを指すのではありません。様々な経験を通して、自分なりに体感したことを学んできて欲しいと思います。

 もうひとつ、私が社長に就任した時に公約したことがあります。それは「自分の言葉で分かり易く話せる社長になる」ということでした。他人の言葉をそのまま引用した「借り物の言葉」による話では、相手に何も伝わりません。事実に基づいて自分で熟考した上で、分かり易い言葉を選んで話すことが大切です。
 これは実は、言うは易く行うは難いことであり、生半可な覚悟では実行できません。自らの言葉を磨き、教養を深める必要があります。苦しくても自分の頭で考えに考え抜いて、自分なりに納得した上で話すことが求められるのです。
 言葉の力を磨き、教養を深め、自分の頭で考えること。これが全ての基本で、「基礎学力」だと思います。

5.子供の問題は社会の問題

 昨今では「子供のレベルが落ちた。最近の子供は変わっている、理解できない。」といった意見も聞こえてきますが、それは実は大人の責任です。子供の「基礎学力」や「基礎教養」の低下は、大人のそれを反映したものに他なりません。子供の問題のほとんどが、大人自身の問題の反映であり、大人社会の縮図なのです。
 これは即ち、社会全体の課題なのです。しかし、既に大人になっている人々をこれから教育するというのは、至難の業でしょう。それであれば、近い将来大人になっていく子供達を教育することが最も近道と思われます。

 文字通り「勉強」とは「強いて勉める」と書きます。誰にとってみても、勉強とは決して楽しいものではないでしょう。ただし、その嫌いなものが将来必ず役に立つのです。ある時期には、無理矢理にでも勉強させる時期が必要です。それを分かっている大人が、責任を持って子供に「強いて勉め」させる必要があると思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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