公益財団法人 日本漢字能力検定協会

基礎学力を考える 企業トップインタビュー

丸紅株式会社

辻 亨 氏

相談役 辻 亨 氏

1939年生まれ。1961年東京大学法学部卒業後、丸紅飯田株式会社(当時)に入社。代表取締役専務取締役物資・建設部門統括役員、代表取締役社長、代表取締役会長等を歴任後、2008年6月より現職。社外関係では、株式会社損害保険ジャパン監査役、社団法人日本経済団体連合会常任理事、内閣官房 IT国際政策懇談会座長等、幅広く歴任。

1.はじめに

 若年層の「基礎学力」が不十分だということは、様々なところで聞いています。私達役員が新入社員を直接指導することは少ないので、つぶさには分かりません。ですが、友人の大学教授に聞くと、一部の学生は学習意欲も低く、講義をする時も、教室の前の席に座って熱心に聞き入り、きちんとした日本語で質問してくるのは、日本の学生よりもむしろ留学生が多いそうです。
 もちろん全ての大学がそうではないでしょうが、世間で言われているように全体として日本の若年層の基礎学力や学習意欲が低下していることは、否めない事実なのでしょう。

2.総合商社はまさに「人」が全て

 総合商社というビジネスモデルは、実は日本独特のものです。日本人にとっては馴染みが深いのですが、海外にはこういったビジネスモデルはほとんどありません。その最大の特徴は、「人」がベースであるということです。
 総合商社は、自社の設備や工場を持って、何かを作り出しているわけではありません。「人」が物をトレードすることを基本として、投資・金融・危機管理・情報伝達・物流などを総合的に組み合わせて、全産業分野の全工程でのビジネス支援を行っています。世界中の商材の仕入・加工・販売に関して、我々が世界中に持つネットワークを通じて情報を集め、それらを組み合わせて顧客にとって最適の提案を行います。
 つまり、「人」が情報を集め、「人」がそれらを繋ぎ合わせ、「人」が生み出した知恵そのものが商品なのです。まさにベースは「人」です。社員一人ひとりが自分なりに工夫し、経験を生かし、新しいビジネスチャンスを発見していくことが求められます。ですから、社員の能力と意欲によって、結果が大きく違ってくるわけです。
 これからのビジネスは、グローバリゼーションが益々進むでしょう。日本が生み出した「人」を核にしたグローバルなビジネスモデルは、今後もさらに発展していくと考えています。

3.総合商社の人材にまず問われるのは「基礎学力」

辻 亨 氏 正直に申し上げて、大学で教わった専門知識が実際の仕事で直接役立つのは、本当にごく一部だと思います。また、MBA(経営学修士)や様々な資格は大変有益ですが、取得しただけで、直ぐに実際にビジネスの場面で活躍できるわけではありません。
 前述したように、総合商社の人材に必要なのは、自分で工夫して新しいビジネスチャンスを見つけることです。その前提として必要なのが、まず「基礎学力」なのです。それを土台にして、入社後の絶えざるトレーニング(主にOJT、on-the-job training)を積み重ねていくのです。「基礎学力」が不足している人材は、いくらトレーニングを受けてもそれを吸収する素地が不十分であるため、その後の伸びは制限されてしまいます。その意味で、即戦的な専門能力よりも、その前提となる「基礎学力」こそが重要なのです。

 昨今の教育界は近視眼的に目前の入試対策に偏重する風潮があるようですが、「基礎学力」が本人や社会のために欠くべからざるものだという認識をより強く持っていただきたいと思います。

4.グローバル人材に求められる「読み書きソロバン」と「基礎教養」

 それでは「基礎学力」とは何か、と問われれば、まずは「読み書きソロバン」を徹底することに他なりません。特に「読み書き」、つまり日本語が最も大切だと思います。中国から伝来した漢字や日本独自のひらがななど、まず日本をよく知るためには日本語をしっかりと学ばなくてはなりません。「基礎教養」の獲得のためにも日本語は重要なのです。
 日本語の質を上げるためには、漢字に親しみ、中国の歴史を知り日本の歴史を知ることが大切です。グローバルな知識に関して、諸外国の地理や首都名など「基礎学力」として学ぶ基本的な事柄は、社会に出るまでにしっかり学んでおいて欲しいと思います。その国のさらに深い歴史や文化などは、社会人になってから学んでも間に合います。ところが、日本の歴史や文化、漢詩・漢文に関してはそうはいきません。グローバルに活躍する商社マンにとって、海外の取引先から日本の歴史や文化について尋ねられることは日常茶飯事です。その場合、歴史的背景や後世に与えた影響まで、日本人であれば当然知っているものとして質問されます。これには、付け焼刃の知識では答えられません。社会に出るまでに、まずは日本語を学び、それを土台としてこれらの「基礎教養」を身につけておいて欲しいと思います。
 新卒採用の時、この学生が商社に向いているかどうか見極め難いのは事実です。結局は、「基礎教養」を含む「基礎学力」があるか、そしてグローバリゼーションにチャレンジしていく「意欲」があるか、ということを見ています。

5.信頼されるビジネスマンに求められる「ロマン」

 信頼され存在感のあるビジネスマンには、何かしらの「ロマン」を感じます。私がお勧めするのは漢詩が持つ「ロマン」。これを身につけていることで、人間に深みが生まれます。現実のビジネスに直接役立つということではありませんが、それらに造詣が深いことで、本人の存在感や評価が大きく増すのです。ちょっとした「教養」や「ロマン」の片鱗が、ビジネスシーンでは重要な意味を持つのです。

「春夜」 蘇軾
春宵一刻 値千金
花有清香 月有陰
歌管楼台 声細細
鞦韆院落 夜沈沈

 春の夜のすばらしさは、ひとときが千金にもあたいするほど貴重なものだ。
花には清らかな香りがただよい、月はおぼろにかすんでいる。
高殿から聞こえていた歌声や管弦の音は、先程までの賑わいも終わり、今はか細く流れるばかり。
人気のない中庭にひっそりとブランコがぶら下がり、夜は静かにふけていく。

6.保護者・先生方にお願いしたいこと

 「基礎教養」を含む「基礎学力」が大切だという意識を、子供達に強く持たせて欲しいと思います。特に「読み書きソロバン」と、漢字・漢文の大切さを伝えてください。親しみを感じるような教え方や、きっかけ作りに注力いただけるとありがたいと思います。
 私は大分県竹田市の田舎で少年時代を過ごしました。小学6年の時の学芸会で、山本有三の戯曲「米百俵」を上演したことを思い出します。主役の小林虎三郎を務めましたが、この役は「孟子曰く天まさにその人に大任を課さんとするや、まずその心骨を労せしむ」「常在戦場(じょうざいせんじょう)」など台詞も長く、当時は意味すら良く分かりません。しかし、やがて中学高校と進むにつれてそれらの意味が分かってくると、自然と漢詩・漢文への興味関心が湧いてきました。その機会を与えてくださった先生に今でも感謝と尊敬の念を抱いています。

7.若い人に実践して頂きたいことと、経験して欲しいこと

<実践(1)>
 継続して本を読む習慣をつけて欲しいと思います。学校を中心に「朝の10分読書」という活動が活発化していると聞きますが、素晴らしい取り組みだと思います。読書量とその人が持つ教養の深みは、ある程度相関すると感じています。

<実践(2)>
 できれば中学生の頃から、少なくとも高校生になったら、毎日必ず新聞を読んで欲しいと思います。大学生になって就職活動で必要性に迫られてから読むのではなく、もっと若い頃から習慣付けして欲しいと思います。

<実践(3)>
 自筆で手紙を書く習慣をつけて欲しいと思います。同音異義語を間違えないよう心がける、面倒がらずに辞書を引くなど、基礎基本の行動を意識して行って欲しいと思います。

<経験>
 「天は自ら助くる者を助く(サミュエル・スマイルズ)」「Ask not what your country can do for you. Ask what you can do for your country.(J.F.ケネディ)」などの名言にもあるように、自助努力したうえで成功体験を持ち、「やればできる」という実感を持って欲しいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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