公益財団法人 日本漢字能力検定協会

基礎学力を考える 企業トップインタビュー

キッコーマン株式会社

茂木 賢三郎 氏

取締役副会長 茂木 賢三郎 氏

昭和13年千葉県生まれ。昭和35年一橋大学経済学部を卒業、東京銀行へ入社。昭和37年キッコーマン株式会社(当時 野田醤油株式会社)に入社。海外勤務、経営企画等の諸部門を経験する傍ら、ハーバード大学経営大学院へ留学、MBAを取得。平成16年6月より現職。社外関係では、大学設置・学校法人審議会委員、経済同友会幹事等を務める。この他、中央児童福祉審議会委員、日本経済団体連合会少子化対策委員会委員長等を幅広く歴任。

1.当社の食育活動について

 当社は食品企業として、「食」という文化的な側面からも社会に貢献していきたいと考えています。忙しさに追われる現代の生活の中で、食べることの大切さが見失われ始めています。何事を行うにしても、まずは健康な身体が資本であることは言うまでもありません。そこで当社では、食べる楽しさを通じて食べることへの興味を育むため、全社をあげて「食育」に取り組んでいます。具体的には、小・中学校へ社員を派遣して、醤油やトマト等をテーマに話す出前授業「キッコーマンしょうゆ塾」などを展開中です。

 この「食育」という言葉には、食を通じてマナーや躾、感謝の心、社会人として生きる心構えなどを同時に育んで欲しいという思いも込められています。私も経済同友会の委員会活動で、学校に講師として行くことがありますが、その際「お金を出せばものが食べられて当り前だと思っていませんか?」と、生徒達によく問いかけます。その食物を育ててくれた人や自然、お店まで運んでくれる人、お店で売ってくれる人、などなど...それら全てに感謝する気持を込めて、食事の前後に「いただきます」「ごちそうさま」という言葉を発するのです。
 この行為を通して、「情緒力」や「社会性」を養って欲しいと思います。人は決してひとりで生きているのではありません。私たちは誰しも、多くの人々が支えあっている社会の一員なのであり、全体に対して一定の責任や役割を担っているのです。

 そして、このような「情緒力・社会性」を身につけるための基盤が「基礎学力」だと思うのです。

2.基礎基本を叩き込むことが大切

 "読み・書き・ソロバン"という言葉に代表される「基礎学力」の習得なくして、高次の「情緒力・社会性」の涵養は成しえません。
 「情緒力・社会性」には決まった"型"はなく、むしろ人それぞれに異なっているべきでしょう。培っていくプロセスも人それぞれです。一方、その基盤となる「基礎学力」とは決まった"型"であり、全員が等しく身につけているべきものだと思います。

 私は、ハーバード大学経営大学院で学んだ経験がありますが、そこでの最初の1年間は、全て必修で基礎・基本となる知識を徹底的に詰め込む授業ばかりでした。2年目は、ビジネスポリシー以外は全て選択でした。つまり、初年度で強制的に、経営者になるための基礎・基本を叩き込むのです。

 最近は、とかく自由な勉強とか自主性を重んずる学習というようなことが強調されがちですが、日本の教育も、"押し着せ"でも"詰め込み"でも良いから、まずは徹底的に基礎・基本を叩き込むべきだと考えます。もちろん「基礎学力」の要素は様々あり、英語、数学、国語、近年ではITリテラシー等、どれも疎かにはできません。「鉄は熱いうちに打て」という諺があるように、学ぶべきことを、学ぶべき時に、強制的にでも学ぶ必要があると思います。

 限られた時間の中でまずどこに重点を置くかが重要ですが、私個人の見解としては、とりわけ国語の優先度が高いと考えています。私自身、企業活動における国語(言葉)の重要性を実感した経験があるからです。以下にそれをご紹介します。

3.企業にとって重要な品質保証~それを支える言葉の力

茂木 賢三郎 氏 商品の品質保証を行うことは、食品会社の果たすべき社会的責任の中でも最も根源的なものです。食品は直接お客様の体内に入るものであり、品質の管理に慎重に過ぎることはありません。より高い品質を維持するためには、製造現場を第三者の視点で監査する役割が必要であるという考えから、当社は業界ではいち早く「品質保証部」を設置していました。

 この「品質保証部」の担当役員に、私が任命された時のことです。いわゆる“技術屋”ではなく“事務屋”である私は、大きな戸惑いと同時に、重い責任を感じたことを覚えています。
 そこで、まずは現場や商品を良く理解するために、技術者や従業員から詳細なヒアリングを行いました。もちろん数値的なデータを読み解くなどして客観的な事実を把握することも重要ですが、仕事を動かしているのはデータではなく人間です。現場に携わっている人々の生の声を聴くことが特に大切なのです。
 未知の世界のことを深く理解していく…そのために私に必要だったのは、相手の話を論理的に読み解く力でした。一方で、私に説明する側の人間にとっては、伝えたいことを論理的に相手にわかりやすく表現する力が問われました。話す側と聞く側、双方にとって、言葉の力が重要な要素でした。言葉を通じて知識と経験を相互に補い合うことが、業務の遂行に極めて重要であることをあらためて認識したのです。

 また、商品に貼付するラベルを作成する際にも、言葉の力が問われます。商品のラベルには、お客様にご安心いただくために、分かりやすい適切な情報の提供を行う必要があります。そのためには、細かな表現ひとつであっても、お客さまに正しく伝わる・誤解を与えないための正確な日本語の表記(語彙選択など)が必要です。このような場面でも、企業活動における言葉の大切さを実感したものでした。

 日本語はとりわけ難しい言語であり、それを使いこなすことは簡単ではありません。子供の頃に限らず歳を重ねてからも、自分の言葉の力を磨き続ける必要があると思います。

4.言葉の力の磨き方

 私自身のことを振り返ってみると、言葉の使い方を体系的に学んでいったという記憶はありません。昔は、本を読むことが子供にとって最大の楽しみの一つでしたから、冒険小説や剣豪ものなど様々な書物を読んだり、周囲の人たちの知的な会話を聞いたりして、楽しみながら自然に身につけていったのだと思います。かつては、まず楽しみながら言葉を習得し、後から教育の中で体系化されるというプロセスが一般的でした。
 ところが、現代の娯楽といえば、軽薄なバラエティ番組やTVゲームなどが主流のようです。知的な会話を聞いたり、書物に触れたりする機会は、以前に比べて圧倒的に少なくなっているように感じます。このような社会環境の中では、言葉を楽しみながら習得することは困難と言えるでしょう。しかしながら、この社会環境の変化は誰にも止められません。

 このような環境下で言葉の力を磨いていくためには、体系的な習得方法...つまり、国語教育を強化する以外にないと考えます。その為には、国語の教科書だけでは絶対的に不足で、常に副読本を課してそれを家で読むことを宿題とするべきです。教育こそが人材立国日本の基と考え、社会全体が一丸となって、国語を要とした「厳しい教育」を再興する気運を高めることが大切なのではないでしょうか。

5.企業・社会で求められる能力

 私は良く部下に対して「噂や伝聞は情報と思うな。根拠や原典を確かめて、しかも論理的に納得するまで確認せよ」とアドバイスしています。物事の本質をよく見極めて、事実に基づいて正確かつ論理的に「判断」し、それに基づいて「意思決定」できる能力...これこそが、企業で必要な能力だと思います。

 この能力は、単に企業で活躍するために必要なだけではなく、社会の一員として必要な能力でもあります。民主主義という制度は、国民一人ひとりに「判断力・意思決定力」が備わっているという前提で成り立っています。だからこそ、20歳以上の国民全員に等しく一人一票の権利があるわけです。逆にいえば、20歳までには「判断力・意思決定力」を育まなくてはならないということです。この能力の育成を疎かにしてしまえば、日本の将来は危ういと言わざるを得ません。

 そして、正しい「判断・意思決定」を行うためには、「基礎学力」を基盤とした「情緒力・社会性」を持っていることが、決して欠くことのできない重要な要素なのです。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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