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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

アサヒビール株式会社

福地 茂雄 氏

元相談役 福地 茂雄 氏

1934年生まれ。福岡県北九州市出身。長崎大学経済学部卒業後、1957年にアサヒビール株式会社入社。営業部長、常務取締役大阪支社長、代表取締役社長兼COO、代表取締役会長兼 CEOなどを歴任後、2006年3月より2008年1月24日まで相談役。

1.はじめに

 今日本では「基礎学力」の低下が叫ばれ、誠に憂慮すべき状況にあると思います。グローバル化が進行する今、必要な「基礎学力」とは何かと考えてみると、数学や理科などの基礎教科はもちろん、IT化への対応などといった幅広い知識に興味を示し、身につけておく必要があるでしょう。

 しかし、全ての学力の基礎は日本語であると思います。また、日本人である以上、自国の文化を理解せずして、国際社会では活躍できません。日本の未来を担う若者には、まずは日本語と日本文化をしっかり学んで欲しいと思います。

2.大切にしている2つの「品質」

 過去のある時期、各企業が「CI活動(Corporate Identity、企業の個性を明確にして企業イメージの統一を図り、社の内外に認識させること)」を積極的に行ったことがありました。その頃は、ロゴやパッケージの変更など、目に見える分かりやすい変化が好まれる風潮がありました。
 しかし、それは表面的な変化に過ぎません。本当の意味での企業のアイデンティティとは、もっと本質的な部分...つまり「商品品質」と「社員の行動品質」に現れるべきなのです。

 当社の「商品品質」は、鮮度管理へのこだわりが原点です。「ビールはできたてが一番美味しい」「工場で飲むビールが一番美味しい」というのは誰もが分かっていることです。当社の商品の歴史は、お客様にいかに新鮮なビールをお届けできるか、にこだわった歴史であると言えます。私を含め歴代の社長は、常に鮮度という原点に立ち返り、より高い目標を立て続けて(例:製品の完成から出荷までの期間を3日に縮める、等)事業運営を進めてきました。

 また、当社の「社員の行動品質」も、同じく鮮度管理へのこだわりによって生まれています。出荷までの期間を縮めると簡単に言っても、実現するのは困難を極めます。商品企画から製造、営業、販促、宣伝、広報に至るまで、全ての部門・社員が必要な行動を起こし続けたからこそ、そのこだわりを実現・進化させることが出来たのです。全員参加でなければ、鮮度管理は行い得ないのです。

 そのこだわりが、やがて会社としての特色・個性へと発展し、他社にない強みを生み出していきました。スーパードライという、20年も続く息の長い商品ブランドも、時代の変化や、食生活の変化があるなかで、鮮度が大切という原点に忠実であったからこそ、皆さま方に支持されてきたのだと思います。

3.当社の「軸足」

福地 茂雄 氏 当社の理念や発想・行動の価値基準は『「食」と「健康」に関する事業を通して、新しい時代における人々の楽しく・心豊かな生活文化の創造に挑戦する』『すべてはお客さまの「うまい!」のために』というふたつの言葉に集約されます。これこそが当社の軸足です。

 当社の軸足を鮮明に表すふたつの言葉が、全社員に浸透したことにより、社員一人ひとりが自ら考えて行動することができました。まさに全員参加の経営です。ゆえに、時代の変化に流されることなく、変化に対応してくることができました。今後とも、この企業風土を大切にしていきたいと思っています。

 「軸足」をブラさないためには、社員一人ひとりが「リベラルアーツ(教養教育)」を備えていることが重要です。「軸足」を守るのも逸脱するのも、全て人だからです。昨今の日本では、「儲かれば何をやっても良い」といった、誤った風潮が広まっているように感じます。それは、「リベラルアーツ(教養教育)」の軽視に一因があるのではないかと思っています。

4.社会に出るまでに身につけて欲しい「リベラルアーツ(教養教育)」

 社会に出る前の教育では、あまり具体的なことをやる必要はないと考えています。具体的な現象面は、社会に出た後でも学べますし、それからでも充分に間に合います。社会に出るまでは、もっと抽象的な、原点となる部分を学ぶことが大切です。

 私自身も大学時代には、哲学、倫理学、社会学、心理学など、様々な抽象概念を学んだ記憶があります。当時はなぜこんなことを学ぶのか分からなかったですし、正直言ってあまり好きとは言えませんでした。ですが、今にして思えば、社会人になる前にしか学べないこのようなことこそ大切なのです。

 いくつかの大学や革新的な教育機関では、入試段階で質の高い生徒を集めるだけでなく、卒業時の能力を測り、示す(出口での品質保証)という動きが活発化していると聞きます。これは大変良い動きだと思います。

5.古くて新しいテーマ「CSR」

 近年、企業には単に良い商品を造りだすだけではなく、さらなる社会的責任があると言われています。この概念はCSR(Corporate Social Responsibility)と呼ばれ、ビジネス社会では一般化してきています。例えば、法令や社会規範をきちんと守ることや、そのための監査を行う機能を設けること、環境保全の努力をすること、などです。

 これらのことは実はそれほど高尚なことではなく、幼い頃の家庭教育や躾にその根本があるのです。例えば、「約束はきちんと守りなさい」「嘘つきは泥棒の始まり」「ごはんつぶは残さず最後まで食べなさい」「紙は裏表使いなさい」などは、誰もが小さい頃に親から教わることでしょう。突き詰めてみれば、「CSR」の概念と、なんら変わりはありません。古来より「教育・食育・徳育」が肝要と言われている所以であり、それが「リベラルアーツ」を培う土台ともなるのです。

 つまり、若者に社会で必要な能力を身につけさせるためには、家庭と学校がそれぞれの役割を果たすことが大切なのです。また、特に「読み・書き・計算」などの基礎訓練は、記憶力や吸収力の高い、なるべく早い段階で行っておくべきだと思います。

6.これから社会に出てくるみなさんへのメッセージ

 私が大切にしている3つの言葉があります。それらの言葉は高校時代の3人の先生からいただいたもので、時を経た今でも自分の中で大きな存在になっています。日常生活の中で折に触れ思い出しますし、また経営判断する時の大きな要素にもなっています。私の人生に勇気を与える言葉です。以下にご紹介します。

『一期一会』
一度しかない出会いを大切にしていきたいと思います。それは人生の中で偶然ではなく、必然の出会いなのです。

『一隅を照らす』
仕事で「自分は何をやっているのか」と迷った時に、「今やっている仕事を大切にしなさい」と諭されました。「会社の歯車になりたくない」という意見や悩みをよく聞きますが、歯車がひとつ欠けただけでも、会社は動かなくなります。歯車になるのは嫌だと言わずに、磨きをかけ、良い歯車になることを心がけるべきだと思います。他に代えがたい存在感のある歯車になれば良いのです。

『人生意気に感ず』
人は他人の意気(前向きで積極的な気持ち)を感じて努力し行動するものです。例えば、部下育成の面でも、叱る時はこっそりと叱り、褒める時は公然と褒めることを心がけています。

 皆さんも、大切な人と出会い、素晴らしい「言葉」をもらう機会もあるかと思います。そのようにして出会った「言葉」を、ぜひ大切にしていただきたいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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